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03

「どうぞ足元にお気をつけてくださいまし。殿下(・・)?」


 セレフィナ様の手を取り、慣れない裾の長いドレスを下に擦らないようゆっくりと馬車から降りるとすぐに城壁の様な高い石壁が長く続いていく風景が目に入る。その様は街、というよりも要塞のそれに近い。バステオン側の『境界』に接する街なのだから当然魔物の襲来もあるはずだ。それに対する備えだろう。

 エリュシオンは無骨さよりも見目に拘るきらいがある。そんなエリュシオンの優雅な石造りとは違い、ここの石壁は美しさよりも『一寸の隙間も許さない』という実用的な殺意すら感じた。


 ここはそんな要塞のような街の入り口の一つ。巨人でも通るのかと言わんばかりに大きな門が口を開けて来訪者を待っている。

 門の前にはいかにも貴人が乗りますと言わんばかりの黒塗りの馬車──品のいい細かな装飾もある、が止まっているのが見えた。その馬車の近くには護衛の為か、数頭の騎馬。下馬をしている鎧姿の騎士が数名と、装いから騎士には見えない男性が一人。


「お待ちしておりました、エレフィナ殿下。ようこそ、バステオン帝国へ。」


 その騎士には見えない男性が、恭しく礼をとる。


 なんとなく、目が離せない人物だと感じた。

 長い黒髪をゆったりと一本に束ね、前に流している。表情も言葉も柔らかいが、こちらを射抜く様な深い赤の瞳を見ると、無意識萎縮してしまう。


(何もかも読み取られる様な……色も全く違うのに、エレフィナ様に見られているようだ)


 男性はバステオン帝国の文官──キースと名乗った──だという。

 並ぶ騎士達と違い鎧こそ身に纏っていないが、重心の取り方が普段帯刀している時のそれである。他の動きの節々から何かしらの鍛錬を行なっている人物であるようだ。

 文官一人でさえこの身のこなし。バステオン帝国か、と関心を寄せる。


 返礼の挨拶を短く済ませると、キースは黒塗りの馬車の戸を開き、馬車に向かって深く礼をとった。


(誰か降りて来る?)


──空気が、変わった。

 ゆっくりと、しかし確かな重みを伴って降りてきたのは誰か?なんて愚かな疑問はすぐに消える。

 この方こそ、バステオン帝国皇帝──ケイリクス・ヴァルト・バステオン陛下。

 一目見て、理解した。この御仁は、強い。

 纏っているのは黒を基調とした軍服のような豪奢な装束だが、その下に隠された体躯は、一分の隙もなく鍛え上げられている。仮面に隠された表情は窺えないが、辺りを射抜くような視線には、戦場で対峙する上位の魔物にも似た、圧倒的な捕食者の気配があった。


 キースが柳のようにしなやかだが、一瞬で喉元を掻き切りそうな…そんな静かな鋭さを持つとすれば、皇帝陛下は立っているだけで周囲の空気が圧し潰されるような、絶対的な重圧を持った大樹。


なるほど、これが強さをこそ尊ぶ国の方々か。


「悪路の中よく参られた、エリュシオンの姫君。ケイリクス・ヴァルト・バステオンである」


 声をかけられ、ハッとする。

 そうだ、今の私は護衛の侍女ではなく王女。

 とるのは臨戦態勢ではなく、王女らしく淑やかなお辞儀(カーテシー)

 ドレスの裾を軽く持ち上げ、片足を後ろへ。


「お初にお目にかかり光栄にございます、陛下。セレフィナ・ヴィクトリア・エリュシオンにございます」


 その後しばし流れる沈黙。

 もしや、挨拶の言葉を間違えたか?

 そう思っていると、陛下へキースが何かを囁きかける。


「……長旅で疲れているだろう。拙いが休める場所を用意した」


 差し出された腕に手を添え、エスコートを受ける。もしや、これだけの猛者も緊張をされているのだろうか、その動きは先程までの堂々としたものと違いどこかぎこちない。

 もしそうなのだとしたら、なんとも親近感の湧くことだ……等と、不敬な感想を持ってしまった。




───────……




 腕に添えられた手の強張りから、王女の緊張を感じ取る。

 王城住まいの姫にとってドレスなど着慣れていようが、どこか歩き方がぎこちない。


 ……無理もない。

 いくら魔除け石があるからといって超えてきたのは魔物の跋扈する危険な『境界』。

 更に訪れた場所は対して知りもしないであろう他国で、初めて出会う"皇帝"がこんな無骨な男では萎縮もさせてしまうだろう。

 隣にいた侍女ほうが立ち振る舞いが優雅に見えた程だ。


 そんな姫君を哀れに思いながら、仮面越しに文官姿の男をたしなめるように一瞥する。弱った姫君に、この上騙すようなことをせよと仰るのか、と。

 しかしそんなものはどこ吹く風と、キース── 本物の(・・・)ケイリクス・ヴァルト・バステオン陛下は僅かに口角を上げた。


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