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エリュシオンとバステオン。
その2国が遠い隣国と言われていたのはもう昔の話。
2国を分ける『境界』を超える術が見つかった今、その距離は地図で見る通りの隣国となってしまった。
「一年後、お前の輿入れが決まった。相手はバステオンの皇帝だ」
そんな折だ、王から縁談の話を聞いたのは。
武を尊ぶ、エリュシオンの価値観において野蛮とも言われるような隣国。
その隣国との平和のための架け橋となれるなら、これ以上のことはない。
私には兄がいる。弟もいる。
そんな王女達に挟まれた王女など、政治の道具でしかない。
「………やっぱりやだー!フィナちゃんだってずっとパパと一緒に居たいよねぇ!?」
……などと、捻くれる隙もない程、父は私を愛してくれていた。
そんな父が持ってきた縁談だ、きっと悪い相手ではないはず。
「セレフィナ・ヴィクトリア・エリュシオン。謹んで、お受けいたします」
「やだーーー!受けちゃやだーーー!!フィナちゃーーーん!」
良い年をしてみっともなく泣き喚く父を振り切り、輿入れの準備を始める。
何せ、特例だらけになることは想像しなくたって分かりきった婚約だ。準備なんていくらしたって足りるものではない。
例えば結納品。いくら魔除け石があるとはいえ『境界』を超えるとなればそう多くは一緒に持っていけない。となれば、別のルートを通して贈らせてもらうか……。
また、何を持参するかも問題だ。何せ隣国とはいえ『境界』がもたらした断絶は長い、こちらでは礼儀に適ったものでも、あちらでは無礼なものだという可能性もある。
他にも、色々……。
「侍女は、どうしようかしら」
王族の侍女ともなれば、それは貴族の子女である。
エリュシオンの価値観から見て、バステオンは野蛮と評されるような国柄だ。
いくら忠誠心があっても、そこまでついてくるとなると尻込みする者も多いだろう。仮について来たとして、向こうに馴染めるかどうか……。
強さが全て、なんて価値観にも共感できるか、せめて馴染めるような人材。
例えばひたすらに強さを求めるような、そんな都合の良い条件の令嬢が……。
「フィオちゃんなんてどうかな?」
いるんだなぁ。
父がのほほんと告げる姿に頭を抱える。
フィオ──フィオナ・フォークナー。
父から見て姪にあたり、私から見て従姉妹にあたる。
エリュシオンの北端、『境界』から魔物の脅威を退け続ける辺境伯家の令嬢。
国を守る為に強さを追い求め、その果てに得たあだ名が『オークの姫君』。
もっとも、その武勇だけを聞いた中央の貴族達が、勝手な憶測と時折王都まで来る領主──フィオナの父である辺境伯の姿を見て、想像した姿から取られた……そんなあだ名だけれど。
彼女なら確かに、バステオンに馴染めるかもしれない。
「フィオちゃん可愛いよねぇ、フィナちゃんとそっくりだし。そっくり…あ!」
まるで今思いついたような顔をしているが、すでに思いついていた何かを聞いてほしい、という感情がありありと顔に出ている。
もっとも、この人のことだから隠す気もないのだろうけれど。
「2人で入れ替わっちゃいなよ!フィオちゃんにフィナちゃんのふりしてもらってさ!で、フィナちゃんはお家に残ってさ!」
「何馬鹿なことおっしゃってるんですか」
「えー」
えー、じゃない。私の可愛い従姉妹になんてことをさせる気なんだ。
でも、フィオナを侍女として同行させるのはいい考えかもしれない。
家柄を考えれば通常ありえないことだけれど、今回は特例ととってもらおう。
こういう時こそ、父の名を借りて勅命でも出せばいい。
さらに何かを言う父を、今度こそ無視して準備に取り掛かった。
繰り返すが、準備も考えることも多くある。
そんな折、一通の手紙が届いた。
差出人は、ケイリクス・ヴァルト・バステオン。
──今まさに、話題のバステオン帝国・皇帝である。
───────……
手紙の始まりは、事務的なものだった。
形式的な挨拶、軽くバステオンの文化にも触れながら。
エリュシオンが彼らを知らないように、バステオンも私たちを知らない。
それを知ってゆくために、輿入れまで手紙を交わし続けたい。そんな内容だった。
それは私にとってもありがたい申し出だった。
今回の婚礼のことを考えれば、皇帝だって争いをしたいわけではなく、むしろ目指したい場所はその逆。
そのために万全を期したいと。
けれどこの時すでに、手紙の結びに綴られた言葉には彼の不遜な人柄は透けて見えていた。
いや、敢えて晒していたのかもしれない。
『我が国の春は風が強い。貴国の花はこの風に耐えられるだろうか?』
「はぁ?」
第一印象はに、最悪だった。
それから季節は巡る。
夏になるころには、それなりに打ち解けていた。
第一印象のせいだろう。丁寧に対応する、なんて気持ちが少しだけはがれていたのも手伝った。
庭園にどんな花が咲いた、だとか。
それはこちらの国にない花だと伝えれば、その花の押し花で作られたしおりが挟まっていたり。
もっとどんな花かを綴ったり、手紙に花の香りでも焚けばよいのに、押し花なんて子供みたい。
それを伝えれば、見たほうが早いだろう?なんて返されたり。
最初の頃に見えた詩的な表現や貴族らしい歪曲な表現なんてもう見えなくって。
立場上、気安い友人のいない私にとってそれが、どれだけ心地よかっただろうか。
秋になるころには、国のことよりお互いのことを話すようになっていた。
国益になんてならない、本当に取り留めのないことだ。
彼が読んだという詩集があれば、商人から取り寄せて読んだ。
私が見た小説のことを語れば、わざわざ感想を寄こすのだから、彼も似たようなことをしていたのだろう。
それがなんだかおかしくて、楽しくて。
気づけば、彼からの手紙を待ち遠しく思うようになっていた。
そして冬になるころに、とある悪戯の共犯になるよう誘いがあった。
手紙の中で、彼には乳兄弟の幼馴染がいることを聞いていた。
私も、勇ましいく、貴族による想像力たくましいあだ名を与えられてしまった従姉妹がいることも伝えた。
その中で思いついてしまった悪戯。
『お似合いな二人だと思うんだ』
なんて。
最初は、私達の供となる人物たちなのだから、きっと二人も永く一緒にいることになる。
仲良くなれるだろうか、なんて彼らの人となりを話し合っていた時に出てきたケイリクスの感想が、それだった。
『お似合い』
真面目な所も、まっすぐなところも。
そして、私達に気に入られてしまっている可哀そうところも!
これでは父のことを笑えないな、なんて思った矢先、さらにその悪戯に対する。
『2人で入れ替わっちゃいなよ!フィオちゃんにフィナちゃんのふりしてもらってさ!』
そうして始まったのが、この入れ替わりだった。
試金石の儀式なんて言い訳だ。
確かに私は剣や槍を振るうような武勇は持ち合わせていない。けれど、エリュシオンの王族。魔法に覚えはあった。
強さを尊ぶならば、魔力にものを言わせて服従でもなんでもさせればいい。
本当は、騎士による守護も、影武者も必要ない。
ただ私は、否──私たちは。
特等席でお気に入りたちを眺めていたいだけ!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
続きはまた二日後、18時ころに。




