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今回少し長くなってしまいました。

 あれから4日。


 激しい運動は控えること。

 重いものを持ったり、走り回ったりなどせずに、ゆっくり歩く程度に止めること。

 それらを条件に、フィオナが寝室から出ることを許した。


「朝食を共にするのも久しぶりですね」


 そう言う彼女の顔はどことなく嬉しそうだった。

 たしかに、朝食を共にとることも久々だが、食後にこうして談笑するのも久々だ。

 事項の共有時間、などとフィオナは固く捉えていたが、どちらかといえば談笑する時間……だと俺は思っている。


 そんな中、「そういえば……」とキースが話し始めた。


「先日お話しされていたジル…あぁ、ジェラルド殿でしたか。彼との付き合いは、もう長いのですか?」


 キースは、いかにも『興味深い世間話』といった体で、その話題を口にした。

 つい、背筋が微かに強張ってしまったのを彼は見逃してはくれないだろう。


「そう、ですね…。6歳の頃に出会ったから、もう12年の付き合いになりますね」

(……12年。幼馴染、あるいはそれ以上か)


 溢れ出る焦燥と敗北感。それを悟られないように、少なくなりつつある紅茶へ手を伸ばす。

 そんな俺を知ってか知らずか……いや、確信犯であろうキースはさらに甘い毒を盛る。


「随分と長いお付き合いですね!確か年下の方だと伺いましたが、なんでも…随分と逞しい方だとか?」

「ええ。確かに年下ではありますが、いつの間にか背を抜かれていて。出会った頃は私よりも少し背が低かったのに……。今ではあんなに逞しく、立派になって」


 目を細めて遠くを懐かしむフィオナ。その表情は、『愛しい男を想う女』のそれにしか見えない。


(彼女の成長をすべて隣で見てきた、逞しい男……)


 これ以上は勘弁してくれ。

 耳を塞ぎたくなるような、そして目を覆いたくなるような光景だ。

 もう十分だろう?そういう意味をこめてキースを睨むが、しかし、彼の本当の狙いはここからだったらしい。


「なるほど。そんな方なら、安心して背中を任せられますね。出撃される時なども、常に一緒だったのでは?」

「はい。魔物討伐の際も、いつも......」


おや(・・)


 キースの目の色が変わった。

 空気もどこか冷たいものへと変わったのは、気のせいではないだろう。

 ……ほら、始まったぞ。


「……王女殿下が、わざわざ討伐へ? それも魔物ということは、王都から遠く離れた『境界』…エリュシオンの北端へ赴かれたのですか?」

「あ、それは……つ」


しまった、というフィオナの顔。


「奇しくもそこは、こちらの侍女殿のご出身地だとか!いやはや、なんという偶然でしょうかねえ?」


 なんとも大人気ない。

 キースの唇が、三日月のように吊り上がる。

 それは、獲物を完全に追い詰めた『皇帝』の笑みだった。


 フィオナが言葉に詰まり、冷や汗が流れたその瞬間。背後から凛とした、けれどどこか楽しげな声が割り込んだ。

 侍女だ。


「ええ、私の出身地でございますわ。殿下は従姉妹の私を案じて、度々お供を連れて『境界』の様子を見に来てくださるのです。……ご存知の通り、我が主は心優しく、そしてお強い方ですから」


 侍女がフィオナの肩にそっと手を置き、何故だかこちらの方をチラリと見る。


「あちらでは、いつもジル……ジェラルドが傍に控えておりましたものね。…ねぇ、殿下?」


(供回の中に、当然のよう傍にいて…戦地で共に死線を潜り抜け、主従以上の絆を結んだ男……)


 背筋に冷たいものが走る。

 彼女もキースと同じ類の人間なのだろう、「あらあら」とでも言いたげな、愉快そうな目をしていた。

 ……俺はそんなに分かりやすかっただろうか?


「なるほどそうでしたか。殿下と侍女殿は本当に仲が良くていらっしゃる。主従の仲が良いのは、とても素晴らしいことだと思います」


 やめろ、チラチラこちらを見るな。


「そんな殿下に、ぜひ訪れて欲しい場所があるのです。私や侍女殿は一緒には行けませんが、陛下が場所を知っておいでですので」




───────────…




 キースに言われ、フィオナを案内した場所は厩だった。

 肥料のような、独特な臭いが漂うそこはとても王女を連れてくるような場所でもないだろう。

 しかし、当の本人は目を輝かせている……と、思う。相変わらずあまり表情には出ない。


「たくさん居りますね!」

「ああ。正確な数は覚えていないが、兵達の使う騎馬も、馬車に使う馬もいるからな」


 心なしか声も弾んでいる。

 今にも駆け出しそうな雰囲気だが、そこは律儀にも約束を守っているところが、また。


 ……などと、頬が緩みかけたのを、なんとか律する。

 彼女はいずれ主君の妻となる女性。

 しかも、故郷には主従以上の関係を持つ男がいる。

 将来も、今の気持ちさえも、俺には届きはしない。


「あれ、あの子……」


 とある一頭に、フィオナが近づいていく。

 栗色の目をした、黒毛の馬だ。


 大人しいのか、それとも、フィオナの気質がそうさせるのか。

 近づいてきた彼女を恐れるでも嫌がるでもなく、撫でろと言わんばかりに顔を近づけてさえいる。

 その頬に手を寄せ、撫でる時の彼女の目は、最近見たそれによく似ていた。


「この子、ジルに似ています」


 ………ん?


「故郷に残してきた男に?」

「男……まあ、牡馬、でしたね?」

「………は、馬?」

「ええ、ジル──ジェラルドは私の愛馬です」


 言ってませんでした?

 と小首を傾げるフィオナ。


 馬、馬だと……?


「馬……だったのか」


 咀嚼するように、何度も馬…と繰り返す。

 膝から崩れ落ちそうになるのを、どうにか堪えた。

 込み上げてくるのは、笑ってしまうほどの情けなさと、喉の奥が熱くなるような圧倒的な安堵。


 彼女を支える『片割れ』の男は、どこにもいなかった。

 いるのは、主の帰りを待つ健気な愛馬と、故郷に残した愛馬を想う、少しだけ寂しがり屋で、真っ直ぐな少女だけ。


「……カイル殿?あの、やはりお聞き苦しかったでしょうか。私、また何か……」


 おどおどと顔を覗き込んでくるフィオナ。

 以前の自分なら、ここで「いや、気にするな」と距離を置いていただろう。

だが、今は違う。


(──ああ、駄目だ。認めざるを得ない)


 自分がどれほど彼女に執着し、どれほどその心に『誰か』がいることを恐れていたか。

 馬の話と男の話を聞き間違える程に、俺は彼女に狂っていた。


 自身の体温が急激に上がるのを感じる。


 先ほどまで感じていた心の「壁」が、粉々に砕け散っていく。

 既に惹かれていることには、気付きながらも目を逸らし、それを明確にすることは避けてきた。

 けれど、己を騙し続けるのはもう限界だ。


 主君の妻となる女性?

 いずれ手の届かない場所に行く?


 わかっている、だからなんだ(・・・・・・)

 例え不敬な感情を抱いたとして、何が問題だ?


「……フィオナ」


 呼びかける声が、自分でも驚くほど低く、熱を帯びて響く。

 驚いたように肩を揺らす彼女の瞳を、今度は逸らさず、強く射抜くように見つめ返した。


 主君から掻っ攫おうなんて話じゃない。

 ただ、彼女をとても大切に想う。それだけだ。


 俺はもうどうしようもない程、フィオナが好きだ。

 それはきっと、俺が皇帝(偽物)の役割を終え、ただの騎士(カイル)に戻ったとしても。




───────……




 パタン、と重厚な扉が閉まり、廊下の喧騒が遮断される。


「──全く。あの様子だと、カイルも相当参っているわね」


 セレフィナがフゥ、とため息をつきながら、手にしたトレイを無造作に置く。その口調からは、先ほどまでの従順な侍女の気配は消え失せていた。


「それに私の可愛い従姉妹まで。あまり揶揄っては可哀想よ?意地悪な人」

「.....。揶揄っては可哀想だから、こうして真実を教えてやったんだ。優しい人の間違いだろう?」


 キースがペンを置き、背もたれに深く体を預ける。

 答える声もまた、卑屈な文官のそれではなく、傲岸不遜なまでの自信に満ちていた。

 妖しく暗い緋色の瞳は、冷徹な統治者のそれでありながら、目の前の女性に対してだけは甘い熱を帯びて捉える。


「優しい人は自分のことを優しいなんて言わないものよ、意地悪な皇帝陛下(・・・・)


 セレフィナが、揶揄うようにキースの胸元を指先で突く。


「未来の妻にそんなことを言われたら、酷く傷ついてしまうな。……従姉妹殿にそうであるように、私にも優しく接してくれ。でないと妬いてしまいそうだよ、王女殿下(・・・・)


 彼はその指先を捕まえ、事も無げに手の甲へ口づけを落とした。

読んでいただき、ありがとうございます


続きはまた2日後、18時頃に

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