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02

 曰く、フォークナー辺境伯令嬢は屈強な体躯を持つ鬼女であるという。

 丸太のような剛腕を持ち、三日三晩休まず魔物を屠り続けるほどの体力と、軍馬をも凌ぐ速度で走ることのできる健脚。

 眼前に現れる魔物を千切っては投げ、千切っては投げ。返り血で鎧が赤黒く変色しようとも構わず、血の雨の中を豪快に笑いながら軍馬を駆るのだそうだ。

 付いた渾名──中央の流行に疎い私でも聞いたことのある──は、オーガの姫君。

 因みに、オーガはとても大柄で凶暴な魔物である。


 さて、それだけ噂話と渾名は有名なのに私はまだ出会ったことがない。

 おかしいな。フォークナー辺境伯には、他に令息はいても令嬢は私以外にはいないはずなのだが。

 

 たしかに私は、針の持ち方よりさきに、剣の扱いを覚えた。

 自室の本棚に並ぶのは、先人達の残した美麗な詩集ではなく、屈強な兵法書。

 屋敷にこもってダンスの練習をする時間よりも、戦場に立つ時間のほうが多かった。

 可憐な花々の名を知るよりも、馬術に取り組み乗りこなす術を知る方が早かった。


 魔物は時折、『境界』を超えてやって来る。それを撃退するのは領主──つまり、父の仕事であり、私達の仕事でもあった。

 『境界』ギリギリに住まう魔物を、こちら側に来る前に定期的に駆除しなければ領地に、国に、甚大な被害をもたらすことになり得る。

 故に、筆の代わりに剣を持ち、社交界の代わりに戦場を駆けた。


「王女付きの侍女、ですか。」


 そんな日々をこなしていたある日の事。王より勅命が降った。当主である父ではない、その娘である私に対して、だ。

 内容は、帝国に輿入れする王女付きの侍女として付き従うように、というもの。

 これでも辺境伯の令嬢である。ただ侍女として侍るだけであれば選ばれないとは思うのだが、王女の嫁ぎ先は例の遠き隣国、バステオン帝国だ。変わった渾名のついた私を護衛に、と思ったのだろう、相変わらず親馬鹿でいらっしゃるというか。


 とにかく、勅命である。否応なく召喚に応じて王城に上がったのだが、


「フィオナ。貴女には帝国についてから婚姻に至るまでの約3ヶ月に及ぶ婚約期間中、エリュシオン王女になってもらうわ」


 まさか、こんな命を重ねて受けるとは誰が思うだろうか。

 ニコニコと楽しげに微笑むセレフィナ殿下。勿論、最初は冗談だと思った。


「申し訳ございません、殿下。手前は田舎者故、中央のお戯れにはどうお答えしたら良いものか…」

「戯れ?違うわ、本気よ」


 本気だという割に、その深い青の瞳はひどく楽しげだった。


「私と貴女で入れ替わります。3ヶ月間、貴女は王女で、私は侍女。大丈夫、入れ替わりに気づかれる事はないわ。いくら貴女でも、鏡くらい見た事があるでしょう?」


 鏡を見たことがあるか。それは本当に鏡のことを言っているのか、それとも今この状況のことを指しているのか。


 私とセレフィナ様は、少なくとも容姿だけで言えば、かなり似ている。髪色も、目の色も。目鼻立ちから、背格好に至るまで。

 実の所、私とセレフィナ様は従姉妹関係にあたる。私の母は国王陛下の妹──それも双子の、だ。

 それ故か、従姉妹同士の私達もそっくりに生まれてきてしまった。流石に日付は違うものの、歳まで同じ。


 そのご縁で何度も拝謁賜り、交流もあったのだが流石に育った環境が違いすぎる。

 片や王城暮らし、片や田舎暮らし。殿下が学問を修めている間に、私は魔物討伐だ。教養も大きく離れているだろう。

 それに大きく違う点がもう一つ。


「それに、私は魔法が扱えません」

「あら、自己強化なら得意でしょう?」

「自己強化だけです。殿下の様に鮮やかな魔法は扱えません」


 セレフィナ様はこの態度だが、エリュシオンにおいてこれは大きな差である。

 エリュシオンは魔法で繁栄した国だ。剣や槍など、武器を手に持つより魔法の扱いを得意とし、生活の中にも魔法は密接に関係している。魔除け石が発明されたのも、魔法で繁栄した我が国だからこそだろう。

 この国の貴族であれば大抵魔法を扱うことができ、また得意とする者も多いのだが、私の一族だけは……フォークナー辺境伯家だけは例外だ。この家に生まれた者は皆魔法に対して全く才能がない。例外もほぼなしだ。

 唯一フォークナー辺境伯家のものが使える魔法が自己強化。体を鎧よりも硬く、筋力を魔力で応用し、怪我をしても即時回復の魔法が走る。そんなところだ。

 だがこれは目に見えない、無色の魔法とも呼ばれ、あまりこの国では重要視されていない…むしろ、侮られる魔法である。

 対し、王族の皆様は魔法が得意だ。大きな炎を出し、風を繰り、局所的に天候を変えることさえできてしまう。鮮やかな魔法だ。


「大丈夫、問題ないわよ」

「しかし……」

「むしろ、今回に限っては魔法は使わない方がいいかもしれない。フィオナ、バステオンの文化はどこまで知っている?」


 カラカラと、やはり機嫌良さそうに笑うエレフィナ様がバステオンの文化について語り始める。


「これこそ、入れ替わり最大の理由よ」


 そう前置きをして、セレフィナ様は楽しげに指を立てた。


 バステオン帝国の理念は「強さこそ全て」。

 その理念は国民の考え方から、皇族の婚姻の伝統にまで影響を及ぼしている。

 まず、バステオンが掲げる強さ。これは単純な腕力などの強さを指している。魔法は弱者が縋る力だという考え方も根深い。ここについては、魔法に関する知識の差もあると思うが、思い込みというのは激しいだろう。

 次に、皇族の婚姻の伝統について。これはかなり独特な文化で、婚約期間から婚姻に至るまでの3ヶ月、皇族とその妃となる者は刺客に狙われ続けることになる。刺客程度いなせない様では皇族は務まらない、という考えのもとに生まれた伝統だそうだ。とはいえ近年では細かい取り決めがあり、流石に命を取られることはないそう。しかし、あまり刺客に負け続ける様では弱い皇族であると民草からの信頼も弱まってしまう。


「だから、貴女の出番なのよ。目立つ魔法を使うことがなく、目の前の魔物を千切っては投げ、千切っては投げ。そんなことができる、オーガの姫君のね」

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