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「体中にいくつかの骨折と筋断裂……ほぼ治りかけではありますが、この熱はそれらのものが原因でしょう」


 それが医官による所感だった。

 ほぼ治りかけているのは、侍女のかけた回復魔法のおかげらしい。

 この国は──バステオンは魔法というものに疎い。

 故に、魔法の助けを借りて治りかけているものであれば、薬などは使わず経過を見たほうが良いだろうということになった。


「私が魔除け石なんて用意しなければ…」


 そう後悔していたのは侍女だ。

 彼女の見解では、フィオナは身体強化という魔法で怪力や俊足を発揮させていた。

 しかしそれは体に大きく負担のかかるもの。それを自己回復で無理やり治しながら動き続ける、ということをしていたらしい。

 魔除け石ではその動きの阻害をしてしまい、自己回復なしで身体強化を使った結果体は限界を迎え、倒れた。


「…………」


 今はベッドで休ませている。

 寝相が悪いと言っていた──実際それを痛感もしていた──が今は身じろぎ一つない。

 ほぼ治りかけていると医官は言っていたが、まだ体がボロボロである証左だろう。


 フィオナが目覚めるまで自分が傍にいると侍女は言っていたが、魔法というものは使うとそれはそれで疲れを生じるものらしい。

 彼女に回復魔法をかけ続けていた侍女は目に見えて疲れていた。


「目覚めた時、貴女が倒れてしまってはきっと殿下は悲しむだろう」

「……」


 そう告げて、キースに頼んで半ば無理やり休ませた。

 実際、今にも倒れそうな顔をしていた。従妹同士、容姿以外にも自己犠牲的な所がよく似ている。




 ……そうして、今寝室には俺とフィオナだけが残されている。

 発熱により汗をかいている。

 痛むのか、苦しいのか、寄せられた眉根が痛々しい。


 気づけた、はずだ。

 時間も機会もいくらでもあった。

 あの時、連れていくべきはベンチではなくベッドだった。

 無理をしようとする彼女を、無理にでも寝かせておけばよかった。


 額に浮かぶ汗を拭ってやりながら、彼女の手を握る。

 いつもより熱いのは発熱のせいだろう。


「……ぁ…」

「フィオナ?」


 わずかに彼女の唇が開かれ、音が漏れる。

 何かを言おうとしているらしい。その声を聞き逃すまいと耳を寄せた。


「……ジル」


 熱に浮かされたフィオナの唇からこぼれ落ちたのは、少なくとも、自分ではない誰かの名前だった。


 ……心臓が、嫌な跳ね方をする。

 強く握りなおされたその手は、たしかに俺の手を握っている。

 それなのに、彼女の腕は自分ではない誰かの腕に縋っているように感じられた。


 誰かの愛称…というのは分かる。

 愛称で呼ばれる──それもこのような、うなされた時に──ような、誰かの名前。

 固く閉ざされたその瞼の裏で、一体お前は……


「誰の手を握って……」


 答えが返ってくるはずのない問いを投げかけ、苦い唾を飲み込む。

 しかしその声が聞こえたのか、そうでないのか、彼女の瞼が弱く震えて、徐に開かれた。


「…カイル、殿?」


 その深い青の瞳が映したのが今度こそ俺だと思うと、少しだけ安堵してしまった。


「気分はどうだ?」


 努めて冷静に、しかし冷たい声にならないよう問いかける。先ほど零れた名にかき乱された胸中を悟られないように。

 起き上がろうとする彼女を止めると、今度は申し訳なさそうに視線を落とした。


「……申し訳ございません、ご迷惑をおかけしました」

「迷惑なんかじゃない、今はとにかく休め」


 先ほど起きようとしたときに少しだけはだけた布団をかけなおす。

 それを見て何かを思い出したように「先程…」とつぶやいた。


「先程……夢で懐かしい光景を見た気がしたんです。でも思い出せなくて……」

「ジル」

「え?」

「……と、先程呟いていたが」


 そう問えば、恥ずかしそうに視線を彷徨わせた後、「成程、それで…」と呟いた。


「ジルは……ジェラルドは、幼い頃からずっと一緒にいて、ええっと、故郷に置いてきた……」

(ジェラルド?)


 まだ目が覚めたばかりで頭が働いていないのだろう。フィオナの口からこぼれ落ちるのは応答というよりはうわ言や呟きのようにぼんやりとしている。


 言い直されたその名前に疎外感を覚える。

 彼女にとって、その男は『ジル』という愛称で呼ぶのが当たり前の存在で、自分はその内側にすら入ることができていない『他人』なのだと、突きつけられた気がした。


「…幼い頃から、か」


 絞りだすような声になってしまったが、幸いにもフィオナは気づかなかったらしい。


「ええ。幼い頃から一緒にいた、私の相棒…いえ、片割れのような存在です」

「っ!」


 フィオナはあまり感情を表に出さない。

 しかし『ジル』のことを語るその声色はどこか柔らかく、瞳は愛おしいものをみるような……優しいものだった。

 その事実に、何かが音を立てて崩れかけたような、気がした。

読んでいただきありがとうございます。

続きはまた二日後、18時ころに。

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