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「お、重…い……」
「やはり少し休んだほうが…」
「い、いいえ、そう言うわけにはいきません。首飾りをつけたままでもある程度動けるように体を慣らさなければいけませんから!」
フィオナは侍女へ、俺は騎士へと扮し、襲撃のある時間までの備えを始めていた。
あれから──朝食での一件からしばしの時が経つが、その足下は未だに覚束ない。
あの時の様子を思えば、支えなしに立って歩いてとできるようになっただけ十分に思えたが、本人はそれでは納得がいかないらしい。
少しでも体を動かせるように、と。今日もいっぱいに水を入れたバケツを、鍛錬などと称して運ぼうとしている。
魔除け石の首飾りはまだ外していない。
他に良い方法が見つからない限り、お披露目には魔除け石をつけていくことが最善。だから、そうなった時にも体が動かせるようにせめて早めに慣れておくべき。
と、いうのが侍女殿の考えだ。
『カイル、正直あの王女と侍女をどう思う?』
そんなフィオナを見ながら思い起こしていたのは昨夜、皇帝陛下──ケイリクス陛下へ報告をしていた時の言葉だった。
『よく、顔は似ているな。と思います』
対し、いつものからかいを入れたいのかと思った俺はそんな風に返したと思う。
王女と侍女は従姉妹同士だと聞いている。王の娘と、王の妹の娘である、と。立場がありつつも、あの2人にある気安い空気はそれが理由なのだろう。
顔は似ている。という言葉に陛下は吹き出し、たしかにな、と頷いた。
『だがそうじゃない。あの2人、本当に王女と侍女だと思うか?』
どうやら、からかいたくて聞いた言葉ではなかったようだ。
俺ですら疑っていた事柄だ、陛下がこの違和感に気づかないはずがない。
エリュシオンの内情は、『境界』の風通しが良くなった今でもまだ把握しきれていない。それが分かるようになるにはまだ少し時間が必要だろう。
『エリュシオン国の北端、バステオンからは『境界』を挟みすぐ隣のだな。その土地は代々面白い辺境伯が勤めているらしい』
『面白い?』
『ああ。特に、聞いていて笑ってしまったのがそこの令嬢だな。何せあだ名が凄いんだ……』
「わっ!」
バシャン!と音を立てて、勢いよくバケツごと水が宙を舞った。
重さにもそうだが、やはりまだまだ足に力が入っていなかったようで、前からいった。
しかしただ転び、バケツが手から離れたわけじゃない。
転ぶと察して、バケツを放り投げて受け身をとっている。流石の反射神経だ。
お陰で体は濡れていないようだ。
「大丈夫か?やはり、無理はするな」
「面目次第とございません…」
眉根を下げ、シュンとした様子を見せる。
何故だか、ぺたんと倒れた犬耳の幻覚が見えるような気がした。
『オーガの姫君』
丸太のような剛腕を持ち、三日三晩休まず魔物を屠り続けるほどの体力と、軍馬をも凌ぐ速度で走ることのできる健脚。
そう、噂されるご令嬢がいるそうだ、と。
手を差し出せば、少し戸惑った後おずおずと手を出してくる。
そうして握った腕は細く、今にも壊れそうだ。ようやく立ち上がりはしたが、今の衝撃でリセットされたのか、また少し足が震えている。
「まだ、やれます!夕暮れまでにはなんとか、普段の4分の1くらい動けるようには!」
……体力は、あるようだが。
「だめだ。少し休め」
「で、ですが……わっ!」
「座れる場所まで運ぶぞ」
膝裏から掬い上げ、その体を横抱きに持ち上げる。絶対断られると思ったので、運ぶのは事後承諾。それも断定的に、だ。
その体は、抱き上げた俺が拍子抜けするほどに軽い。抵抗のつもりか、俺の胸元を握りしめる拳ですらか弱く、震えていた。
もしこの娘が、そうだとしたら。
たしかに、魔除け石をつける前のフィオナは凄かった。千切っては居なかったが、たしかに刺客をぽんぽんと投げ飛ばしていた。
だが、今はどうだ?
否、今だけじゃない。戦っていない時の彼女は?
俺が散々色々と耐えている、夜と朝の様子は?
エリュシオンの人間は余程目が悪いのだろう。
もしくは、驚くほど例え話や冗談が下手であるのか。
それとも、戦う以外の姿を見たことがないのか。
(いや、戦う以外の姿は見なくていい。というかあまり見られたくない)
寝顔とか、どうぞするところとか、寝顔とか。
おろしてください、歩けます…などというあまりに信用がおけない言葉を制しつつ、近くのベンチまで連れていくことにした。
……まさかこの時。
ベンチで休ませる程度で済ませてはいけなかったなど、つゆほども気づかずに。
読んでいただきありがとうございます
続きはまた、2日後の18時ころに




