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お披露目会の件を聞いてから2週間。
本当に、目まぐるしい2週間だった。
『お前は小柄だから』と、父に初めて私用の鎧を作ってもらった時も大変だったが、ドレスの採寸という作業もまた戦争だった。
色はこれが良いだろう、素材はこれが良い、ここの布地にこの色を使うなら、こっちはこの色が良い、袖口はどうしようか、胸元は………。
なーーーーにも、わからなかったし、ついていけなかった。流行りなどもあるのだろうけれど、全ては侍女──セレフィナ様任せだ。
「(背格好がほぼ同じですし)私ではなくセレフィナ様が(今後着るものでしょうし)採寸されては?」
と、途中で言った後はとても後悔した。
少しはこういうものに興味を持ちなさい!と、かなりご立腹な様子のセレフィナ様にお説教をされ、当初予定されていた3倍の時間は着せ替え人形にされてしまった。
ああいう時のご婦人方には逆らわない方が良い。絶対。絶対だ。
───そして、もう一つ。
残りの期間を捧げるべき課題が残っていた。
いかにして、大人しく、刺客を退けるか、だ。
元々、魔物は多く相手してきたが、人間相手は殆ど経験がない。
たしかにフォークナー家は国境に位置し、国を守護する立場にある。だがそれは敵国の人間からではない。
『境界』から進行してくる魔物からだ。
前にも言ったが、魔物にも人型はいる。
だが多くない。
その殆どが獣に近い姿か、生物とは信じ難い姿をしているか……そんな所だ。
だから今までは人間相手の訓練など意味がなく、父や兄、他の騎士たちとの手合わせをしたことはあるがじゃれあい程度の……軽く武器の扱いに慣れるためのものだった。
しかし、刺客は人間である。
基本、人間は魔物より軽い。
軽く小突けば人は飛ぶ。そして飛べば落ちてくる頃には戦意を喪失するか、気を失っている。
向こうもこちらを手にかけようとまでは思ってないだろうから、威嚇の意味も含めて、これまでは雑に刺客の相手をしてきた。
……が、お披露目ではそうもいかないらしい。人間を飛ばしてはいけないと言われてしまった。
そこで、考えに考えてたどり着いた結論はこうだ。
「つまり、吹き飛ばさなければ良いのですよね?」
いつもの如く、共有事項を語り合う朝食の場。
……何故だろう、刺さる視線が痛い。
キース殿はすごく楽しそうにしているけれど。
「考えたのです。上や横に殴り抜けるから人は飛ぶのだ、と。であれば答えは簡単、下に殴り抜ければ良いのです」
「あっはははは!確かにその通りですね!」
手を叩き出しそうな勢いで、非常に楽しそうにキース殿は笑っているが、残る2人の表情は苦い。
「……要点は抑えているか」
「甘やかさないでください。……実はすでに、解決方法を用意しております」
懐柔されてくれそうなカイル殿を制しつつ、セレフィナ様が取り出したのは、一つの首飾りだった。
中央に鎮座するのは、表面に細かな切子が刻まれた透明な石。
その周囲を、職人が一本の糸から編み上げたような、極細の蔦状の金細工が優しく囲っている。
失礼します、後ろに回り込んだセレフィナ様がその首飾りを付けてくださった。
装飾品には詳しくないが、手の込んだ品だ。きっと高価なものに違いない。
戸惑っていると、セレフィナ様に立ち上がるよう促されるが……。
「……っ!?」
「フィオナ嬢!?」
体に力が入らない。
足で立っているというより、棒の上でバランスを取っているような、不確かな感覚だ。
そんな体を支えるために椅子に手を添えるが、それだってまるで触れているだけのような違和感。
慌てて駆け寄ってくれたカイル殿が居なければ、膝をついていただろう。
ほう、と少し驚いたような声を上げたキース殿が、それどころではない私の代わりにセレフィナ様に問うてくれた。
「侍女殿、これは?」
「魔除け石です」
──魔除け石。
『境界』を超える際にも用いた、魔物除け、あるいは『境界』の毒の霧などを退けるための道具だ。
便利な道具ではあるが、安直かつ古風な名前の他、大きすぎるデメリットが一つ。
「大丈夫か?」
「ええ…しかし……」
魔除け石は、人間が扱う魔法も抑制する。
つまり──私が常時発動している身体強化が鈍くなっていた。
「じきに慣れます。というか慣れていただきます。今日一日、その首飾りは外さないでくださいね」
指を立てて、言い放つセレフィナ様。
有無を言わせぬその姿勢を見せられたら、ただ頷くしかない。
……幼少の頃からずっと、魔物からの国を守る為に鍛錬に励んだ。逃げ出したくなることだって少なくなかったけれど、それでも必死に。
身体強化と自己回復、この2つを両立できなかった時期なんかは特にそうだ。
身体強化でどれだけ体を動かせても、皮膚の内側で肉が裂け、骨が軋む。いくら自己回復ができたって、痛みはある。痛い事を覚えていても、身体強化が体に馴染むまで、何度だって繰り返した。
骨が砕けても、砕け切る前に治せば良い。肉が千切れても、千切れた端からくっつけばいい。自己回復を繰り返し、繰り返し。慣れたなら痛みは一瞬だ。だって、痛みを感じた頃にはその傷は塞がっているのだから。
弱くなることを、守ろうとした祖国の人間に──それも王女に──求められるのは、その努力の否定のように感じられた。
………けれど。
けれど、セレフィナ様を責めることはできない。
この首飾り、装飾は凝っているが華美すぎない……私の好みにあわせたもの。
ドレス選びに時間をかけたのは──装飾に興味を持たない私を無理にでも付き合わせたのは、おそらく私の好みを把握する為。
せめて私の好みの物を用意しようと……これはセレフィナ様なりの譲歩の結果。
元はと言えば私の努力不足が原因。
悪いのは首飾りを用意したセレフィナ様ではなく、せっかくの努力の結果を御しきれない私だ。嫌われ役をさせてしまった、私の責だ。
この首飾りはその証。
これも鍛錬の一環と思えば……。
「待ってほしい」
肩に添えられたカイル殿の手に力が籠る。
顔を見上げれば、私よりも何か……痛みにでも耐えるような、そんな顔をしていた。
「カイル、殿?」
「時間はまだある。もう少し、他の方法を探しても良いのではないか?」
何かを言おうとするセレフィナ様に対しても、カイル殿は首を振って制する。
「……俺が力を貸す。必ず、フィオナ嬢の力が報われる形での解決方法を探そう」
ここまで読んでいただきありがとうございます
次はまた2日後、18時頃上がる予定です




