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"フィオナ嬢"は王女付きの侍女だ。
実質王女不在の今彼女に仕事はなく、城の使用人たちのように、城中を走り回ってするような仕事もない。
それでも何かしたいというので、王女の部屋の掃除や洗濯など、手を出していても違和感のない仕事をやってもらうことにした。
対して、カイルの仕事は、王女付きの侍女の護衛。
少し無理があるような気もするが、王女が唯一自国から連れてきた侍女だ。一人くらい護衛がいてもいいだろう。
一国の王女に侍女が一人しかいないのはどうかと思うが、魔除け石を使って『境界』を越えるのにはどうしたって人数を絞るしかなかっただろう。
それにしても、もう一人か二人はいて良いはずだと思うが……。バステオン側からの侍女をあてがう事も断られてしまった。
試金石の儀式のこともある、人員については警戒をしているのかもしれない。
……それはそれとして。
「掃除といえば雑巾掛け。雑巾掛けといえばバケツ。バケツといえば水汲み、ですね!カイル殿、バケツと川はどちらにありますか?」
カイル殿。
ずっと"皇帝陛下"と偽りの肩書きで呼ばれていたせいか、呼ばれるたびにむず痒い気持ちになる。
偽名と伝えているが本名だ。それも手伝ってのことだろう。
「バケツは用具室にあるだろう。それからフィオナ嬢、水は川ではなく井戸で汲んでくれ」
彼女も彼女で、名前を呼ぶたび少し動揺して見えた。ついつい、その反応が見たくて無意味に呼びたくなってしまう。
フィオナとセレフィナ……まあ、名前の響きは似ているか?
昨日からずっと殿下と呼んできた。もしかすると、偽名とはいえ名前で呼ばれるという行為は彼女にとってもむず痒いものなのかもしれない。
色々と小難しい理屈や口実を作ってくれたが、これはケイリクス陛下なりの気遣いだろう。
いくら認識阻害の仮面を使っていても、他人を演じるというのは疲れる。
夕暮れ、試金石の儀式の時間にはまた演じなければならないが、陛下はこうして仮面を外し、俺に戻る時間を作ってくださった。
……口に出さないあたり、相変わらず不器用でいらっしゃるけれど。
「井戸、たしかにそうですね」なんて真剣な顔で頷いているフィオナ嬢を見ていると、自然と頬が緩む。
その姿は昨日までの豪奢なドレスではなく簡素な、侍女のお仕着せ用のワンピース。
対し、俺も簡素なサーコート。昨日まで着ていた陛下の重たい装いではなく、普段の仕事着だ。
まるで、俺自身のままで。王女ではなく、手が届きそうな場所にいる女性の隣にいるような、そんな想像をしそうになる。
だがそれは幻覚だ。
3ヶ月限定の夢だ。
手が届きそうな位置にいると錯覚している女性は、主君の妻となる方。
故に、今持ち始めているこの感情は不敬極まるものである。
気恥ずかしそうに名前と呼ぶ姿も。名を呼ばれ動揺する姿も。
彼女が俺に向けているように見えるもの全て、主君に向けられるはずのもの。
……惜しいな。
こんなに近くにいるのに、まるで『境界』があるようだ。
「井戸で水汲みをするなんて初めてです!」
「ああ、そうだろうな(王女だし)」
「程よい重さですね、鍛錬にちょうど良いです」
「鍛錬って……まさかその縁いっぱいまで水を入れたバケツを自分で運ぶ気か?そんな力仕事はさせられない、俺が運ぼう」
バケツを取ろうとして、軽く手が触れる。温かい。
その手ごと握りしめたいのを抑えて、バケツを奪い取る。
(こんなに近いのにな)
「さて、フィオナ嬢。掃除は何処から始めるんだ?」
「え、えっと、ですね!」
ほらまた、動揺してる。
手の届かないところにいるくせに、期待なんてさせないでくれ。
そう思うのにまたその顔が見たくて。何度も名前を呼んだ。
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続きはまた2日後、18時頃に上がる予定です。




