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昨日までのドレスと比べ、簡素なワンピース。パンツでないのは残念だが、足枷のようにまとわりついていたドレスと比べれば雲泥の差だ。
ヒールだって、軍靴に比べれば丈夫さに難はあるものの、歩きやすく、踵が安定し、脱ぎ履きしやすい革靴。
……違いはそれだけではない。
「カイル殿、この格好変じゃないですか?」
「ああ、問題ない。どこからどう見ても侍女に見えるぞ、フィオナ嬢」
仮面を外した為に、あのやさしい赤を宿した瞳が見えている。
装いも昨日と比べると簡素なもので、威圧感も大きく削がれていた。
何故、皇帝陛下──いや、今はカイル殿か──は仮面を外しているのか。
何故、"王女"を演じるはずの私が"侍女"のお仕着せを着ているのか。
それは今から数時間前。
────────……
「入れ替わりを致しましょう」
朝食をとった後に、キース殿から突飛な提案が出た。
「正確には、入れ替わるのは王女殿下と侍女の方のみ。皇帝陛下には、一騎士を演じていただきます」
「何故その様なことを?」
「安全の為、でございます。」
曰く。
婚約期間中、狙われるのは本来日中を除き夕方から夜の間である。
しかし、それはあくまでルールに則った刺客であるなら、だ。
他国の王族と皇族の婚姻である。様々に絡み合った利権から、これに反発するものは全くいないというわけではない。
「真っ先に狙われるのは王女殿下でしょう。確実に護るためにも陛下におそばに居ていただく必要がありますが……陛下には公務がございます。そこで……」
皇帝が公務を投げ、四六時中婚約者と一緒にいるのは、護衛という名目があっても色恋にうつつを抜かしている様で外聞が悪い。
そこでまず、皇帝陛下が一般の騎士のフリをする。
そうして王女の護衛をするが、皇帝と婚約関係を結んだ王女が、四六時中別の男と二人きりというのはまた外聞が悪い。
だから、王女には、王女ではなく、侍女のフリをしろ、という。
そうなればただ城の侍女と騎士が近くにいるだけ。何も問題はない。
「幸い、王女殿下と侍女殿は大変お顔立ちが似ています。服を入れ替えれば良いでしょう。……陛下は仮面を外していただければ。あとは服でなんとかなるんじゃないですかね」
……何故だろうか。
この文官、主君に対して少し雑では?
「陛下の公務は私が担いましょう。文官ですから、この程度慣れております。」
「しかし、この方法では私の侍女が危険な目に遭うかもしれません」
侍女は本物の王女殿下だ。
偽物の王女の為に、本物が危険に晒されるなど本末転倒も良いところ。
「それも問題ありません。侍女殿には私の傍にいていただきます。侍女の格好でね。」
「同じ侍女が二人いては怪しまれるのでは?」
「それも大丈夫でしょう。刺客が探しているのは侍女殿ではなく王女殿下です。まさか、"王女殿下と侍女が入れ替わってる"なんて誰も思わないでしょう?」
「た、たしかに」
いやまさに入れ替わっているのだけれど。
ここは肯定しなければ、入れ替わりがバレてしまう。
「呼び方も変えましょう。皇帝陛下、王女殿下なんて呼び合っていては入れ替わりの意味がありません。例えば………」
────────……
「フィオナ嬢?」
皇帝……カイル殿に呼ばれて意識を戻す。
なんでもないと首を振って返せば、気遣わしげな表情はそのままだが、ゆっくりと視線が離れていく。
これが私が本名で呼ばれ、カイル殿が仮面を外している理由だ。
カイル殿はこれを偽名だと思っているはずだが、本名で呼ばれるというのもむず痒いく、正体がバレているようで落ち着かない。
それにカイル殿が仮面を外しているのも落ち着かない。
口元しか見えていなかったものが、目元を含めて全部見えている。表情が、優しげな瞳が見ているものが、まるで"王女"ではなく"私"であるようで。
加えて、声色だ。
あの時使い分けていると感じたのはどうやら事実だったらしい。
皇帝である間は冷たい声をしていたのが、馬車の中で二人きりだった時のように柔らかいものになっている。
しかし自身に向けられたように錯覚しているこれは、いずれ王女へ──セレフィナ様へ、お返しするものだ。
入れ替わりを知った時、カイル様は怒るだろうか。騙していた私を軽蔑するだろうか。
……優しい方だ、きっと許してくれるだろう。事情を聞けば、そうだったのかとセレフィナ様を受け入れてくださるだろう。
とても王女らしくない私を受け入れてくださったように。
何故、それを残念に思うことがあるのだろう。
隣国と強い縁が結べる、それはエリュシオンにとってとても大きな意味を持つ。
皇帝と王女。彼らが円満に結ばれるのを見届ける為に、護る為に私はここへ来たのだから。
12話にして、やっと名前呼びができるようになりました。
とても画期的。
セットっぽい話なので、続けて上げる予定です。もうしばしお待ちを。




