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「やり過ぎです」


 完璧なお辞儀(カーテシー)の後。

 あれから何度か刺客の襲撃にあいつつ──そしていなしつつ──、夕飯を終え、湯浴みをしていたところで、セレフィナ様に嗜められてしまった。


「ですが、何度か刺客を追い払ったおかげでだいぶドレスとヒールにも慣れましたよ!」

「慣れないで欲しかったの!慣れないドレスとヒールなら、オーガの姫君(あなた)を押さえ込んでおけると思ったのに……」

「そ、それに陛下も『自重を使った良い拳だった』と褒めてくださいました!キース殿はなんか、すごく笑ってましたし!」

「王女に対する褒め言葉じゃないでしょ!」


 何を言っても怒られる。

 あんなに頑張ったのにあんまりだ。


 セレフィナ様はこういうが、刺客に会う度怪我の心配をしてくれていた。

 彼らのナイフは当たっていないか。足は捻っていないか。強打した腕は痛くないか、など。

 身体強化の魔法を発動させているから問題ないと伝えても信じてくれず、こうして湯浴みにまでついて来てくれていた。


「ほら、しっかりお湯に浸かって。痛いところは?」

「……ないです」

「本当に?」

「……ないです」


 まだ疑わしいというような目をしていたが、やがて信じてくれたのか、深々と溜息をついたセレフィナ様は首を振って離れる。


 バステオン側は、セレフィナ様の他にも侍女を付けようとしてくれたのだが辞退した。

 建前としては、刺客に狙われるような間身近ににいるのは危険だから。本音としては、こうしてセレフィナ様との密談が出来なくなるからだ。


 昨日の皇帝陛下の言では、どうやら寝室も皇帝と同じくしなくてはならないらしいし、そうなればこういう湯浴みの時間か、朝の支度の時間くらいしか侍女と二人きりになれる時間はないだろう。

 きっと昼の間は別に護衛が付くし、夜も夜で皇帝陛下が付きっきりだ。


「貴女に、苦労をかけている自覚はあるの。危ないことをさせているって」

「セレフィナ様?」

「私、魔法は得意なのよ。治癒魔法もね。貴女のように戦えはしないけれど、せめて怪我くらいは治せるから」


 何かあったら言いなさい。

 そう言い残してセレフィナ様は浴室を後にした。

 我儘で、偉そうで、お転婆で……それでいて昔から優しいのがセレフィナ様だ。

 それから、ちょっと心配性。


 あの方にこれ以上心配をかけてはいけない。

 その為にもこの3ヶ月、なんとしてでも"王女"を演じ切らなければ。



──────────……



『"皇帝と、その妃となる女性は同じ寝所に入るのが決まり"ぃ?お前そんな面白そうな嘘をついたのか!?』


 脳内で再生されたのは、つい数時間前。

 王女とその侍女から公務を行うという名目で離れ、昨日の苦し紛れの嘘を本物の皇帝陛下(ケイリクス陛下)へ報告した時の声だ。


『貴方があの時外鍵をかけたからこんな嘘をつく羽目になったんです!』

『だ、だからって!はははっ!!』


 それはもう楽しそうに笑う主君を睨みつければ、『悪かった』と何も悪びれた様子もなく言われてしまう。


『そんな嘘をつかせてしまって悪かったな。わかった、責任は取ろう。任せておけ』


 なんて言葉を信じたわけではなかった。

 また良からぬことを企んでいることくらい考えなくても明らかだった。

 何が責任を持つ、だ。


「……陛下?顔色がすぐれないようですが…」


 昨日と変わらず生地の薄い──目のやり場に大層困る──寝巻き(ネグリジェ)姿の王女が、隣に腰掛け心配そうに顔を覗き込んでくる。


「……大丈夫だ、貴女は先に休むといい」


 そう、返すのが精一杯だった。

 どう何を責任をとったって?王女と同じ部屋を用意する責任か?

 しかも何故俺はソファではなくベッドに腰掛けてしまっていたのか。


 相変わらずベッドは一つ。枕やクッションは……いくつか。

 最早それらが要塞としては全く役に立たないことを知っている身としては溜息しか出ない。


「あの、やはり私床で寝ます」

「何を…」

「昨日は私のせいで眠れていなかったんですよね。やはり申し訳なくて……今日は陛下の睡眠を邪魔しないように床で寝ます!」


 やはり強引。

 今日見た戦闘でもそうだったが、この王女は何に対しても強引らしい。

 きっと俺が床で寝る、と言っても聞かないだろう。


「殿下」

「大丈夫です、ここの床もやっぱり寝心地は良さそうですし…」

「殿下」

「あの……」

「殿下、大丈夫だ」


 しゅん、と項垂れる様は見ていて心が痛む。


 しかしここで折れては一国の王女を、それ以前に女性を、床に寝かせてしまうことになる。それはいけない。

 これは自らの首を絞めるような行為である為、あまり取りたくない手段だったが致し方ない。

 そう、致し方ないことだ。下心なんてそんなものは…なくもないが……。


「良い方法がある。私も、殿下も共に寝台を使える方法だ」

「その様な方法があるのですか?」

「ああ、少し無体を強いることになるが……我慢して欲しい」

「無体…?」


 首を傾げる王女の疑問に答えるより先に、その小さな体を腕ごと抱きしめた(・・・・・)

 そのままベッドの方へ倒れ込む。

 困惑と抗議の声が聞こえるが、それは笑って流す。


「こうして私が殿下の寝相を押さえ込んでおけば、私も殿下も寝台で眠れるだろう?」

「え?えっと、た、たしか、に?」


 心配になる程流されやすい。

 まだ混乱している様に見えるが──相変わらず武人のような思い切りで──覚悟を決めたらしく、腕の中で大人しくしてくれている。

 たしかに大人しくしてくれないとこの姿勢は色々と困るのだが……本当に心配になる。


 陛下に対する苦情は明日入れるとして、とりあえず今日を乗り切ろう。

 明日は必ず別の部屋を用意してもらう。王女には何か上手いことを言って言いくるめる。

 でないと、俺も王女も危ない。


「あの……陛下」

「どうかしたか?」


 モゾモゾと僅かに王女が身動ぎをする。


「馬車の時も思ったのですが、陛下はとても温かいですね。よく眠れそうです」


 やはり強引すぎたか。別案を用意するか、考え始めたところでこれだ。

 いくつか出た別案が全て吹き飛んだ。


──3ヶ月、本当に俺は手を出さずにいられるだろうか……。

続きはまた2日後の18時頃に上がる予定です。

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