5.これはもしかして魔女の罠
王都から数キロ離れた森――。
そこは魔物が生息する危険地帯として、昼間ですら誰も近寄ろうとはしない場所。
そんな場所で月明かりを反射する剣の閃きが走った。
「――ッ!」
アレンは鋭い踏み込みと共に、襲いかかってきたオークの首を刎ね飛ばした。
倒れたオークを確認したアレンは、すぐさま周囲を警戒する。
この森は魔物の巣窟。それも、ほとんど人の手が入っていない。
そういった場所には魔法関連の材料になる貴重な素材がある。
――と、アレンはマリアからそう聞いていた。
王室付き魔法使いがそう言うのであれば、確かだろう。
アレンはそう判断し、最近は一縷の望みを賭けて夜な夜なこの森に通い詰めていた。
「……やはりいない、か」
今夜は、森を歩き回り始めて三時間ほど。
だが、既に何度も通ってオークやゴブリンの群れをいくつか壊滅させてきた。
その甲斐あってか、魔物の姿が随分と減っている。
しかし、肝心の彼女――魔法使いレヴィリアの姿どころか、痕跡は何もない。
マリアの情報が偽りだとは考えられないが、魔法使いとは魔法で自由自在に動き回っているもの。
貴重な素材がある森とはいえ、そう簡単に遭遇できるものではないのだろう。
そうは分かっていても、アレンの気持ちは急いていた。
「レヴィリア……」
アレンは剣を軽く振るってから、近くの木にもたれかかった。
花嫁として迎え入れた娘――レティに冷たい言葉を浴びせた罪悪感はある。
細くて大人しい。王侯貴族のしがらみも何も知らないような娘を、離宮に閉じ込めてしまっている。
結婚を急かす母を納得させるためとはいえ、ひどいことをしたものだ。
マリアもあの娘なら大丈夫だと紹介してきたが、果たしてそうだろうか。
しかし、アレンの気持ちは未だレヴィリアに向いている。
その気持ちが動かない以上、本来の妻としての役割を強いることも非道な話だった。
「彼女を見つけなければ……」
アレンとしては、あの初恋が忘れられない。
衝撃的な話だった。たった一度きりの出会いを、いつまでも引きずっている。
会えるかどうか分からない魔法使いをずっと追いかけている。
そんな自分が愚かだと感じはしても、やはり気持ちはレティではなくレヴィリアに向いていた。
せめて何の希望もないと思わせてほしい。
そうでなければ、この気持ちは落ち着いてくれない。
深い溜め息をついた次の瞬間、大気を震わす咆哮と共に森の奥から巨大な影が現れた。
アレンは弾かれたように木から離れて剣を構えた。
現れたのは、体長五メートルを超える巨獣――ブラッディ・ベアだ。
「……!」
アレンの表情が険しくなる。
相手は通常の魔物ではない。魔力が異常に高い変異種だ。
単身で相手をするのは分が悪い。
不気味なほどに赤々とした体毛を揺らしたブラッディ・ベアが大きく口を開いた、そのときだ。
夜の森に、凛とした声が響いた。
『――凍てつく息吹よ、捕えなさい』
刹那、アレンの目の前でブラッディ・ベアが一瞬にして凍りついた。
まるでガラスの箱に閉じ込められたかのように、巨大な氷塊の中に捕らわれている。
圧倒的な魔力。そして、芸術的なまでに正確な狙い。
「まさか……」
剣を構えたままのアレンが空を見上げると、月を背にした女性が浮いていた。
月明かりを宿した美しい銀髪が夜風に揺れている。
逆光になって分かりにくいが、少なくとも王室付きの魔法使い――マリアではなかった。
だが、あれは確かに魔法使い。
気が付けば、アレンは叫んでいた。
「レヴィリア……!」
アレンの声が響き渡った瞬間、空中に立っているレティ――いや、レヴィリアはぎょっとした。




