16.ちがうそうじゃない
一足先に王都で王子の帰りを待って、それを見届けてから離宮に戻った。
そうしたら朝なんて一瞬だった。
一晩中きちんと部屋にいた振りをしないといけなかったし、でもちゃんと寝てられなかった。
レティの姿を纏うだけでも面倒くさいのに、寝不足でコンディションは最悪。
ここ数日動きっぱなしで、全然研究もできてない。
そもそも素材のブラッディ・ベアはあげちゃったし。
なのに。
「お、おはようございます、殿下……」
森で会った翌日の午前中に、王子が離宮にやってきた。
ソファに腰かけている王子の眉間に皺が寄る。怖い顔ね。
王子がさっと右手を上げるだけで、いつかのように付き人達が部屋から立ち去った。
相変わらず便利な右手だわ。ほしくなっちゃいそう。
「眠れていないのか?」
王子が険しい顔で聞いていた。
ああ、ちょっとデジャブ。マカロンをもらったときも、こんな感じだった。
王子の右手に促されるがまま、私は向かいのソファに腰を下ろした。
昨日の晩は慣れないことをした上に寝不足も寝不足だった。
ハッキリ言って王子のせいなのに、当の王子はピンピンしてる。
王都に戻った時間と今日ここに来た時間から考えると、王子だってぐっすり寝たわけでもないはず。
(何なのこの差。体力の問題? ……くやしいわー)
私は、以前のようににこりと笑みを浮かべて誤魔化した。
「いいえ。そのようなことは……今日はどうなさいました?」
「君の調子はどうなんだ」
あれ。前はこれで誤魔化されてくれたのに。
王子の目は、私の顔をじっと見ている。
やめてほしい。姿を変える魔法をかけ間違えた気持ちになっちゃう。
「きちんと眠れていないのではないか」
「……す、少し眠りが浅かったかもしれません」
「良くない」
「はい?」
王子は眉間の皺を更に深くした。
「睡眠に効く薬を届けさせよう」
「い、いえ、そこまでは」
「ならば紅茶の方が良いか? 薬草茶という手もある」
「いえ、あの」
「いくつか見繕う。君の好きなものを選んでくれ」
「え、ええ、はあ、はい……」
(なになに、何が起きた?)
今日の王子は妙に気遣ってくる。
「あの、殿下」
「なんだ。他に何か必要なものがあるなら……」
「いえ! そうではなく!」
「ものではなく、人が必要か?」
「そういうわけでもなく!」
必要最小限しか接触しないみたいな話だったはずなのに。
正面に座っている王子は確かに昨晩話をした相手なのに。
この王子がおかざりだって宣言してきた張本人だというのに。
何やら妙に甲斐甲斐しくしようとしてくる。
目的が分からない優しさは怖い。
「そうか。ならば、必要になった際はすぐに言ってくれ」
「え、ええ……分かりました」
「多少の不調もすぐに伝えるように。必要なら医師を常駐させよう」
「いえいえ! お気遣いなく!」
これ以上、離宮に人を増やしてほしくない。
定期的に往診とかもされたくない。私の時間を奪わないでほしい!
私がぶんぶんと首を振ると、王子は物言いたげにしたものの了承を示してくれた。
セーフかと思ったけど、ここはストレートに確認しよう。
何かを届けに来たというわけでもなさそうな王子が、どうしてわざわざ来たのか。
「……あの、殿下。何かありましたか?」
「何故そう思った?」
王子の目が真っ直ぐに私を見た。
(何故もへったくれもないでしょうが! あなたが離宮に引っ込めって言ったんでしょ!)
叫びたい気持ちを落ち着かせながら、私は目の前にあるカップに手を伸ばした。
その手元にまで視線を感じて、落ち着かせようとした気持ちがまた騒がしくなる。
飲んだ。味がしない。あ、緊張してるわ私。王子の眼力のせいで。
「……以前の殿下でしたら、このような会話はなかったのではないかと」
言ってやった。
「ああ、そう思う」
肯定された。
どういうことなの。
「昨晩、魔法使いレヴィリアと会った」
「……魔法使いさまですか?」
「ああ。そして君のことを託された」
「はい?」
どういうことなの?
いや本当にどういうことなの?
私の頭の中は一気にパニックになった。
(いや、いやいやいやいや??)
私は、レヴィリアとレティが無関係だと言いたかっただけ。
そして、レティが隣国とは無関係だと言いたかっただけ。
ついでに、レティには好きにさせてあげてほしいと言いたかっただけ。
「聞けば、君は地下室を寝室として使っているそうではないか」
「え、あ、はい」
「いくら何でもあの場所では空気が悪いだろう」
「あ、いや、私はあそこで十分……」
「他の部屋はどうだ。離宮が気に入らないのか?」
矢継ぎ早に質問を投げないでほしい。
私はもうあなたの爆弾発言で頭がいっぱいなんだから。
(託されたってなに!?)
そう思っていると、王子はまた爆弾を投げつけてきた。
「これからは離宮に来る時間を作る。今まで悪かった」
誰が入れ知恵したの、この人に!




