15.要求は簡潔に!
(――来た!)
今夜もまた、王子は森に足を踏み入れた。
王宮、ましてや離宮でも接触するわけにもいかない相手だから会う場所に困ったけど。
ここに夜な夜な通ってくれていたことはラッキーだった。
(なんというか……)
魔法使いにとって都合の良い素材が集まっている森。
それはつまり一般人にとっては危険でもある。
が、それでも王子はレヴィリアに会いたいがゆえに日参しているわけで。
(……もうストーカーよね……)
実際にはそれなりに魔物も討伐しているようだったから、バランスは取れているのかも。
これで徘徊しているだけだったら怖すぎる。
剣を片手に構えたままで森の中を進む王子を見ていた私は、思わず溜め息をつきそうになった。
王位は第一王子が継ぐとはいえ、第二王子が夜の森に出かけるなんて物騒すぎる。
今夜もお供は連れていない様子だし。
剣の腕前はそれなりだとは思うが、万が一ということも有り得る。
さすがに未亡人にはされたくない。王子妃には後ろ盾もないし。
(徘徊もやめるように言った方が……)
まったく手のかかる王子さまだ。
私は空中に一歩踏み出して、パンッと手を叩いた。
突然の音に王子が振り返り、すぐさま空に浮かぶ私を見つけた。
「レヴィリア――!」
私は口を開いて、すぐに閉じた。
えっと、どういう話し方だったかな。忘れちゃった。
レティと同じようにしちゃいけないけど、魔法使い以外と話す機会がなさすぎて。
「……レヴィリア?」
王子が怪訝そうにした。ごめんね。
「──気安く呼ばないでくださるかしら?」
私は気高き魔法使いという設定にした。
普通に話すと威厳がないとは、マリアにも散々言われたし。
あれ、やば、マリアっぽくなったかもしれない。
「ブラッディ・ベアは確かに届けたでしょ」
「ああ、しかと受け取った。だが」
王子は構えかけていた剣を下ろしながら、私を見つめてきた。
月明かりに照らされた王子は、やっぱり美形だった。顔が良いわ。
「隣国の実験体であることは、極々少数の者にしか伝わっていないはずだ。どこでその話を?」
(そうだったの!? 知らなかったんだけど!)
私は盛大に視線を泳がせてしまった。
そもそも王子がこんなにも冷静に私と会話できると思っていなかった。
前回の遭遇からしたら、もっとこう、熱烈で必死な感じになると――。
「お願いだ。どこで聞いたのか、教えてほしい」
「……」
これはこれで必死なのかもしれないけど、思ってたのと違う!
私は頭をフル回転させて考えた。
マリアから聞いたことにする?
いや、だめだめ。だってマリアは私と知り合いではないことになってた、気がする。
他の誰から? 王宮の誰かと接触していただなんて知られたら、それこそおおごとになる。
「レヴィリア。あなたは、私の妻――レティと何か関係があるのでは?」
「いいえ」
反射的に言っちゃった。
でも、王子の眼差しは揺らがない。
「私が隣国の"実験体"だと伝えたのは、レティだけだ」
詰んだ。
薬草の香りに続いて、またやらかしちゃったかもしれない。
おなかいたい。おうちかえりたい。
「レヴィリア」
諭すような声をやめてほしい。
否定しても泥沼になりそうで、でも、どうすればいいのかすぐに浮かばなかった。
「――……そうよ」
私は認めるしかなかった。
「私――魔法使いレヴィリアはレティを守っているの」
「レティを……?」
「ええ、そうよ。私があの子の身元を保証するわ、あの子は隣国とは関係ないのよ」
すらすらと言葉が出てきた。
追い詰められると馬鹿力が出るって本当だった。
「あの子がいる限り、このあたり一帯は私が守るわ」
まずい。余計なことを言ってしまいそう。
王都の守護だと解釈されたら、それこそ王室付き魔法使いのオファーが来るかもしれない。
私はそろりと踵を返した。
「だから、あなたはあの子の願いを叶えなさい。決して疑わないように!」
安寧に離宮で暮らすという願いを! 快適な研究ライフを! 後押ししてくれたら、それでいい!
とにかく言いたいことだけを言って、さっさとその場をあとにした。
「レヴィリア!」
引き留めたがる王子の声を聞きながら、私はまっすぐに王都へと向かった。




