14.二重の疑惑
王宮までこっそりとマリアに会いに行き、アレンにしっかりとブラッディ・ベアを届けた翌日――
「どういうおつもりですの?」
私は離宮の応接室でマリアにガン詰めされていた。
王室付き魔法使いが来た――というだけで大騒ぎだったのに、説教なんて見せられない。
人払いをしているとはいえ、誰が聞くか分からないのにマリアの目は据わっていた。
私が借金を踏み倒そうとしたときよりも、キレてるかもしれない。
「いやぁ……その、さすがにね? 素材に触る前に手を清めるもので……」
「そのようなことは聞いておりませんわ」
「……はい」
めちゃくちゃ怒ってる。
私は――レティの姿をしたまま、両手を膝上に置いて顔を伏せた。
(怒りすぎじゃない……!?)
うつむいたまま、私は必死に考えた。
ブラッディ・ベアは届けた。届けたけど、清めの薬草の匂いがついていたらしい。
うかつだった。
まさか匂いが残っていただなんて。
しかも、アレンがそれを『レティと同じ匂いだ』と見抜いてしまったらしい。
気づかなくていいのに。
マリアもマリアだ。そんなの適当に誤魔化してくれたらいいのに。
「反省しておりませんわね」
ビクッ! と、肩が跳ね上がった。
はい、反省してません。とは言えず、顔も上げられない。
「わたくしは何も、あなたが証拠を残したことを責めてはおりませんわ」
「そうなの?」
「呆れてはおりますのよ」
「ごめんなさい」
マリアは重々しい溜め息をついた。
手厳しい。
「今回の件、殿下はあなたとレティの関係には恐らく気付いておられませんわ」
「そうなの?」
「安心なさらないでください」
「ごめんなさい」
同一人物だと気付かれていないならいいかと思って顔を上げたけど、マリアの目は冷たい。
遊びの罰ゲームで一時的にネズミになる魔法をかけたことがあるけど、あのときより冷たい。
「レティとブラッディ・ベアが結び付きつつありますわ」
「……それは私とレティの関係に気付きそうってことじゃないの?」
「いいえ。その方がまだ良かったくらいですわ」
改めて見据えられた私は、あまりの居心地の悪さに両手をぎゅうっと握り締めた。
「この状況は、レティが隣国と繋がっているのではないかと疑われかねませんのよ」
「え」
「疑惑が深まれば、レティを紹介したわたくしまで疑われかねませんわ」
「えっ」
「詰めが甘いどころのお話ではありませんのよ」
組んでいた脚を解いたマリアは、長い髪を揺らしながら身を乗り出した。
テーブル越しで少し距離があるのに逃げられないような気持ちになる。
賭け事してるときみたい。ドキドキする。
「お話に集中なさい」
「はい、ごめんなさい。……えっと、つまり、薬草の匂いを嗅ぎつけた王子がレティを疑ってる?」
「言い方が最悪だということを除けば正解ですわ」
「でも、ブラッディ・ベアを持っていったのはレヴィリアよ? 疑う?」
「あなたね……」
マリアは呆れながら眉を寄せている。
私も大概美人の自覚はあるけど、マリアも本当に美人だ。そして美人の怒り顔は本当に怖い。
「レティが隣国のスパイであることを、レヴィリアが教えた――と、受け取られてもおかしくありませんのよ」
「そんな!」
私の快適引きこもり研究ライフが早くも破綻してしまう。
「誤解すぎる!」
「わたくし達は分かっていても、状況が危ういですわ」
「どうにかしないと……」
「ええ、早期対応が必要ですわ」
ソファに深く座り直したマリアは、溜め息交じりに言った。
「そこで、魔法使いの出番でしてよ」
「……え」
「わたくしがいくらレティは潔白だと言ったところで、疑惑は残り続けますもの」
「でも、私にどうしろっていうの」
「レヴィリアがレティの潔白を証明すれば良いではありませんか」
そんなむちゃくちゃな。
とは思ったけど、口には出せなかった。
王子がレヴィリアのことを信じているのなら、それが一番早い。
早い、けど。
それはつまり。
「……王子に接触しろってこと?」
「そういうことですわ」
「レヴィリアとして?」
「愚問ですわね。当然ではありませんか」
せっかく回避したのに。
でも、私の王子妃としての快適研究ライフは失いたくない。
(干渉されずに予算たっぷり使っていろんな素材を揃えたい!)
私はぎゅっと拳を握り締めた。
「やってやる。レティを疑わず、好きにさせてやりなさいって言ってやる!」
「もう少し自然になさってくださらない?」
私のことを呆れた目で見つめているマリア。
待っててね。借金は返すからね!とまでは言えなかった。




