85.姉妹
『種族の根源』はプシューと音を立てて萎んだ。
危なかった…。
私の無計画で浅慮な奇襲攻撃は、平和ボケの油断によって救われたと言ってよいと思う。
「あー!」
センシアは事態を理解すると、目の前で無様な声をあげる。
うるさくてびっくりした。
「私達の勝ちです。束縛を解いてください。」
私はセンシアにそう伝える。
まだこの早さならば黒風へも奇襲が成り立つかもしれないしできる限り急ごう。
「むー、君かわいい顔してやることえぐいね。」
誰かから聞いたことのあるようなセリフだ。
センシアはそういうと、あっさりと私の束縛を解いてくれた。
「ありがとうございます。それでは急ぎますので。」
私はそういって立ち上がると、ルレウの方へ歩く。
「ねえ、何がどうなったの。教えてよ。」
「私じゃないです。こちらのピンク青髪のしなやかな筋肉がやりました。」
センシアの問いがきたから喋れなそうなレーテを指さした。
説明の手間も省きたいし、適度にぼやかしてやろう。
「どうやって?」
私はセンシアのその問いに答えないでおいた。
数秒ほどして、センシアや周辺の青月の人々が見る先で横たわるレーテはものすごい速度で自己の再生をはじめる。
そしてさらに数秒で再生を終える。
「…僕のこの力で、天井に貼り付けた自分の肉片を筋肉の塊に育てたんだ。」
「ほおー。」
正直にもネタばらしをするレーテ。
そういうことは黙っていた方がこの先のプログラムで有利になるのに…筋肉(肉片)自慢は仕方ないか。
とはいえ、一部始終を見ていた私はレーテのデュナミスに感動を覚えていた。
センシアが味方であれば揚々と一部始終を語ってやりたいくらい素晴らしいデュナミスの応用だった。
レーテの言う通り天井に張り付いていた異物は徐々に育っていき、最後にはスイカ大くらいのサイズ感になっていた。
恐らくレーテ自身の身体が欠損している分、大きくなれるのだと思う。
そうして好機が来た時、異物、すなわち筋肉の塊は、天井をその筋いっぱいに蹴り上げて、反作用の凄まじい勢いのまま『種族の根源』に突撃したようだった。
予測の困難さ、ステルス性、威力、どれをとっても申し分のない攻撃手法で、しかも安全性も十分という折り紙付きだった。
筋肉の塊に貫通された青月棟の『種族の根源』は、赤誠のとは一転して肉厚の風船みたいな質感だった。
今は原形を失うほどにしなしなになって虚しく佇んでいる。
「みんな若いよね。もしかして初齢からきた?」
「はいそうです。」
「初齢にさ、私の妹がいるんだよね。チターナって子。
第一プログラムで優勝のメンバーなんだけれど。」
「知りません。それでは。」
やだ。この人とは知り合いたくない。
「アテラ、いいの?」
ユスティアが遠ざかる私に尋ねてくる。
ほんと妙な所でしっかりしなくていいのに。
「はい、いいんです。ルレウ、早く次へ行こう。あとは刀が報告してくれる。」
「う、うん。」
私はルレウの背中によじ登るように半ば強引におぶってもらう。
「急ぐので去りますー。あ、セシザの情報くれた方には食料をお持ちしますので。
すぐに言ってくださいね。」
私は念のため5秒だけ何か言わないか待ち目立った反応がないのを確認すると、皆についてくるよう手を仰いでそそくさと去る。
それにしてもおかしい。
初齢層の例で言えば、一癖ある者は必ず名が知れているはず。
あのナズナがハクレイに似た奴と言うくらいだ。
セシザの情報がないはずがない。
また入口でミュミテとヤンクに会う。
「ヤンク、早く来いっていったのに、ミュミテに乗り換えたか?」
ユスティアが嫉妬じみた嫌味を言う。
孤独じみていて交友関係の嫉妬を抱いたり、悪行を厭わないようで変にまじめだったり、ユスティアはよくわからない奴だ。
「いやいや、この子おいていこうとするとマジで動かなくなりますよ?」
ヤンクのその発言には圧倒的リアリティが感じられる。
まさにイグザクトリーだと思う。
「あーもう帰りてーよ。」
唐突にミュミテがそう言った。ヤンクの発言はあまりに早く証明された。
この子は本当にだめな子だ。
けれど次はさすがにミュミテを連れて行くしかない。
ミュミテのペースに合わせてゆっくりでも仕方ない。
私達は青月から黒風へ歩みを進めた。
道中の景色はやはり初齢層と同じ。
ミュミテのペースだと20分はかかりそうだ。
このままいくと9:00を回ってしまうから、もはや攻め先は起床食事のサイクルを終えて、出席率100%を相手に戦闘となるだろう。
そして、もし中齢黒風の誰かが高度な観測属のデュナミスでも持っていれば、接近を感知されて先制攻撃されてしまう可能性もある。
10分程経過すると暗号が聞こえてくる。
「『最強の刀』からの報告だ。
中齢青月の『種族の根源』は破壊された。
収集した情報によると赤誠はルレウ、青月はレーテによって落とされた。
この結果を端的に言う。ペースは早く『戦功の分配』も順調。従って非の打ち所はない。
これは『最強の剣』の独断によるものだが、結果が良いうちは何も咎めることはない。」
めちゃくちゃやっていたにもかかわらず雑に合理性重視の解釈をするハクレイは、私達の暴走を想定していたとすら思える。
「重要事項を知らせる。
中齢の青月と黒風が同盟関係なのは知っての通りだが、情報伝達もデュナミスを用いて完璧に行われている。
従って今後は奇襲は成り立たない。
二つ目、『最強の刀』は今より15分後には黒風に到達するだろう。
『最強の剣』は敵方の戦力をよく考えて行動しろ。」
あれ、よく考えてということは、作戦はこちら任せでいいのかな。
恐らくこちらが先に黒風棟に着くと思う。待つべきか、先に交戦して隙を狙わせるべきか。
「それじゃー、黒風の情報を連絡するわよ。」
待っていたかのようにラニュヤの声が聞こえてくる。
「黒風は全員が棟付近に集結しているわ。
棟内に50名、入口には30名、そこから少し外へ遊撃のような配置で40名程。
あまり近づくと発見されて先手を打たれるわよ。」
今回ばかりは完全防備の配置がされていると思われる。
棟前で小競り合いでもして刀に隙を突かせる方法がよいかな。
「また、今回はデュナミス値の調査も成功したわ。
棟内に最強格がいてデュナミス値 -215よ。
棟外は強くても-80程度、入口から棟内に向けて強者を固めている印象だわ。
以上よ。」
主力を温存するために内部に強者を配置したか。きっと厳しい戦いになるだろうなぁ。
「みなさん暗号の内容です。
今回ばかりは奇襲はできず、黒風はこちらに気づいています。
その数100名以上。今回は無理に突撃せずにいきましょう。」
私は殆どを省略して全員に共有したのであった。




