75.同族意識
再び、暗い体育館のような大広間で目が覚めた。
ベッドから起き上がって機器から出た瞬間、足元がふらつき、そのまま転んでしまう。
「あぁ、やっと。遅すぎだよ、ほんとに……」
教官の声が聞こえた。
……同時に寝息も耳にする。
ふと前を見ると、チターナとメイが毛布を巻いて仲良く寝ていた。
相変わらず空腹が酷い。
「すみません……何か食べ物はないですか」
「あー、そうだね。ちょっと待ってて」
教官は大広間の脇の小さな入口へ消えていった。
私は何気なく機器の測定値を覗き込む。
『---』
相変わらずのトリプルマイナス。
このプログラムは、0点だろうなぁ。
操作ボタンを押して表示を切り替えていく。
デュナミス値、デュナミス総量、レート……次々に変わる。
レート『---』
被最大デュナミス値『-5』
コピーデュナミス数『1』
コピーデュナミス1 種別『偽証属変化』
コピーデュナミス1 値『-7.5』
コアデュナミス 種別『包含属虚無』
コアデュナミス 値『---』
デュナミス値『-220』
デュナミス総量『---』
……もう一周、表示を回してみる。
「包含属虚無」――それが私のコアデュナミス、ということか。
トリプルマイナスは、コアデュナミス値が算出できないせいかもしれない。
そして前フェーズで教官が説明しなかったということは、"言ってはいけない"扱いなのだろう。
私は表示をデュナミス総量に戻し、メイとチターナを起こす。
二人が起きたのを確認したところで、私は入れ替わるように意識を失った。
……
……
目が覚めると、周囲は明るかった。
眩しさに小さく瞬いて何とか薄目で見る。
目の前には、赤いぼさ髪――メイが寝ていた。
男勝りなメイも、寝ていると女の子だなぁと思う。
そのまま後ろの気配に寝返る。
金髪の美形が寝ている。
びっくりして、息が止まりそうになる。
近くで見ると流石にドキドキする。
体温維持のためとはいえ、これは心臓に悪い。
私はそろりとベッドを抜け出し、共通部屋へ向かう。
洗面台の鏡で自分の顔を見た。ひどくやつれている。
とにかくお腹が空いた。
冷蔵室へ行き、残り物を引っ張り出して食べ始めた。
冷えた食材をゾンビのように貪っていると、背後から声がする。
「テラ……ねぇ、アテラってば」
リーネだった。
「ん、んんかんなかんいちゃって」
口の中がいっぱいで、言葉にならない。
「うん。いっぱい食べて。起きてくれてよかった」
心配そうな顔が、少しだけ緩む。
この様子だと、私はまた長時間寝ていたのだろう。
口の中のものを飲み込んで、聞く。
「今、何日ですか」
「4蛇の星29日」
29日。
つまり測定を終えた26日夜から、2日半も寝ていたことになる。
寝すぎた。
……迅速に動こう。
次の初齢会談は30日。きっとプログラムは競争系になる。
私はムイを起こし、次回盟主となるハクレイへ、会談に出す作戦の依頼をしに行くことにした。
黒風棟へ直行する私。
そして私をおぶって歩くムイ。
林を抜け、荒野に差しかかったところで――見慣れた猫耳が見えた。
……ユスティアだ。
「ムイ、彼女が攻撃の意思を見せたら、できる限り逃げましょう」
「お、おう」
ここで会うということは、私か、ルレウ目当てだろう。
あの殺気を帯びた目と、『力づくで奪ってやる』という言葉が蘇る。
「やあ、この前はどうも」
「どうもこんにちは」
私が挨拶を返す一方で、ムイは少し距離を取る。
ユスティアが近づくと、ムイはさらに後ずさった。
「私も嫌われたもんだねえ」
「この前の件があれば、警戒するしかありません」
「もともと警戒してたじゃん。同じ猫族なのに」
「ユスティアは今の私たちには過剰戦力ですから」
「私を乗りこなしなよ。びびってないでさ」
会話の内容からは戦意を感じない。
要件が何なのか、逆に気になる。
「ところで赤誠には、何の用ですか」
「アテラこそ。黒風に向かってるのは何の用なの?」
ユスティアの口ぶりは、少しだけ寂しそうにも聞こえる。
私は予定外のアドリブを入れることにした。
「競争プログラムでの勝利が公表された以上、私たちのチームはマークされます。
そこで次回盟主のハクレイに、チームアテラを使わない“最強格の複合チーム案”をいくつか提出しに行くところです」
「そうなんだ。当然、私はルレウとは別だよね」
「いいえ。ユスティアが一つ条件を飲むなら、組み込む提案をします」
「へえ、条件ってなに?」
「ルレウのチャーム対策をしないこと。
そして、ルレウの軟禁などが起きないよう、ユスティア派のメンバーは全員除外します。
レーテ、ルレウ、ユスティア、ヤンク――この4人で組んでほしい」
ヤンクは黒風だが、コピー提供にも積極的で、とてもいい人だった。
「いいね。私は『紫の目』で暴れられたらそれでいい。やろう」
「決まりですね。あとはハクレイとレーテが同意してくれれば」
私の直感は危険アラートを鳴らしている。
純粋な戦闘狂なら制御できる。だが企みが絡むと止められるのはレーテしかいない。
私はムイの肩をぽんぽんと叩く。
ムイはユスティアを避けるようにして歩き出し、黒風棟へ向かう。
ユスティアも踵を返してついてくる。
――要件は、私か。
「私?」
「うん。私を分かってくれるの、同じ猫族くらいだと思って」
前は喧嘩腰だったのに、都合がいい。
それでも猫族の同族意識は強いということだろうか。
「雪猫団って、どういう組織だったんですか」
「最高の軍団だったよ。あいつさえ現れなければ、今頃一国起こしてたくらい」
「あいつ?」
「あぁ、権力の権化『スピリエ』。あいつの部隊に全部やられた」
スピリエ。
メイラ先生の最強の弟子。
おぞましい寡占企業の中枢にいる――そう推測される人物。
「おい。ここはデュナメイオンだぞ。デュナトスとTier1様の悪口なんて言うもんじゃないだろ」
「それはそうだけど、これは私の目標。ちゃちな復讐じゃないからね」
ムイの言う通りではある。
だが、この感情だけは、ユスティアに共感せざるを得ない。
「ユスティア。スピリエを目標としているのは、私も同じです。同じ師の“先輩”でもあります」
「え、そうなの? ……ってことは、あのメイラさんがアテラの師?」
ユスティアは私の横に早足で並ぶと、目を輝かせてこちらを見てきた。




