74.再調査
調査フェーズの間、ハクレイが提示した「コピー提供者リスト方式」は首長間で共有され、その形式を踏襲するかたちで、各色は事前準備を進めていた。
そしてデュナミスコピー解禁フェーズに入ると、同盟を活用し、相互にコピーを促進する仕組みが実際に機能し始めた。
まず、約600名に及ぶ初齢層全員へ提供者リストを配布するのは、リスクが高すぎるため見送られた。
その代わり、リストの公開範囲はチームリーダーのみ、かつ打ち合わせ時限定とされた。
次に、各チーム内で必要なデュナミスの要望をヒアリングし、それに適した能力を提案する。
双方の合意が取れた場合のみ、提供者と日時を調整し、第4棟でコピーを実施する流れだ。
もっとも、デュナミスの余力がない者も多く、無回答が大半を占めた。
最終的に要望を出したのは全体の約4分の1。それでも各棟30人前後となり、5日間で対応するのは相当な重労働だった。
チームアテラでは、
メイがシュゼから引斥属・加速を、
リーネがニェラルから偽証属・透明化をコピーしている。
黒風の希少種提供者については、慎重な精査の結果、一般公開はされなかった。
当然ながらミュミテは誰にも提供せず、もう一人の希少種であるニェラルは、作戦行動での縁からリーネにのみコピーを提供したという。
他色も同様に、希少種の提供は極力控えていた。
やがて、再調査フェーズが訪れる。
デュナミス総量最大による勝利条件が適用される可能性を考え、私は再測定を受けることにした。
幸い、赤誠は再調査の初日。
仮に再び極度の疲労に陥っても、回復の猶予はある。
その日。
私は夜明けとともに起床し、前日の残り物を腹に入れると、
「先に行きます」と書き置きを残して、朝一番で第4棟へ向かった。
到着時刻は7時30分。
少し早いが、前回のトラブルに対する誠意のつもりだった。
教官は、私一人が現れたのを見ると、
「またお前か」という顔をして、機器の前へ案内する。
「これを使え。一番調子の悪いやつだ。一日使っていい」
日に日に荒れていく口調から、教官たちの疲弊がうかがえる。
ブラック企業なのだろう。
私はスリープカプセルのような機器に入り、横たわった。
……
……
再び、何もない世界へ。
この夢のような世界に戻ってきた時、やろうと決めていたことがある。
想像力の無限性の検証だ。
小学生の頃、
『どれだけ大きな数字を作れるか』
という遊びを、クラスの男子たちとしたことがある。
私は相手を出し抜くため、幼い頭を必死に回転させた。
1の後ろにゼロを並べる者、
万・億・兆・京と単位を重ねる者、
「無限」と繰り返すだけの者。
無限が最大なのは確かだ。
だが、「誰でも言える無限」は、数字ではないと切り捨てた。
勝つためには、相手を納得させ、支持を得る必要がある。
私は、数字を単位や視界といった枠に縛ること自体が無駄だと考えた。
そこで、こう言い張った。
「世界は数字でできている」
注目を集めた後、私は「4217」と書いた。
4年2組、出席番号17番――つまり私自身だ。
次に「3569 13969 3334」と適当な数字を並べ、
「これは世界から見た、私の座標だ」と説明した。
座標は砂漠の砂粒にも、宇宙のすべてにも存在し、
時間という軸で倍々に増え、過去にも遡って存在する。
「だから、どれだけゼロを並べても、
世界そのものが数字でできている以上、
それを超える大きさは存在しない」
そう締めくくった。
理解できず去る者もいれば、
「世界を作ったのはお前じゃない」と言う者もいた。
だが、多くは「すごい」と言ってくれた。
それは私にとって、
想像による自己表現の成功体験だった。
他人を貶めるよりは害が少ないが、
証明が困難で、
結局は自分の経験範囲でしか悦に浸れないという欠点もある。
だからこそ、この夢を具現化したような世界は、
私にとって絶好の実験場だった。
迫りくる怪異を倒すことなど、もはや容易い。
それよりも、無限性をどこまで検証できるかが知りたい。
まず、時空を想像で包含できるか。
私は右手から、自分と酷似した存在を作り出す。
その存在にも自分を作らせ、生成に要する時間を極限まで縮める。
同時に左手では、自分自身もまた作られた存在であると想像する。
時間が加算されている間は行動できる。
では、時間が減算されている間も行動できるなら?
その重ね合わせは無限になるはずだ。
結果は失敗だった。
減算の間は加算が消え、加算の間は減算が消えた。
私は消失を許していない。
それでも必ずそうなる。
つまり、つじつまあわせが働いている。
他にも試した。
"消す"と"出す"を同時に想像し、
その想像自体を消したらどうなるか。
掌に世界を収め、
存在しない掌に世界があると想像したら、存在はどうなるか。
怪異を殲滅しながら、延々と試行を繰り返した。
だが結局、すべてはつじつまあわせによって否定される。
まるで
「諸行無常そのものは諸行無常ではない」
と言われているようだった。
ただ、これで分かった。
無限という概念だけが無限であり、
それ以外は決して無限になれない。
つまり世界は、
存在しない“無限”という神のおかげで、
無限でなくいられ、平等なのだ。
私はこの夢のような世界に完全に適応した、
少し狂った思考で、
すべてを包含しながら、静かに悦に浸っていた。




