73.奉仕
第4棟に寄ると、ハクレイとユスティアに会う。
時刻はまだ10時頃、のんびり会話している様子から、恐らくもう測定を終えているようだ。
「こんにちは。」
「アテラ、測定結果のシェアをしないか?」
ハクレイの方から声をかけてくる。
「いいですが、私はトリプルマイナスと言われて何もわかりませんでした。」
「トリプルマイナス…初めて聞く結果だな。俺はレート133、ユスティアはレート130だった。」
初齢の最強候補の二人と見ていたが、予想よりは低かった。
いや、それだけルレウが珍しいということか。
「ルレウのレートは聞きましたか。」
「あぁ、教官が何か言っていたな。」
「希少種の仙虫だそうだがデータが少なく、融合体を考慮していない不具合があり、ダブルカウントしたそうだ。実際にはレート110そこそこだったようだな。」
融合体…弟を冬虫夏草除去で取り込んでしまったことか…。
弟の分を加算、つまり、わかるならば弟のデュナミスが残っていて、弟が存在しているということじゃないのか。
ふと前を見ると、ユスティアはこちらを見てウインクしてくる。
…あの件だ。
「ハクレイ、次回の作戦ですが仙虫のルレウと『紫の目』を発動させ敵方を翻弄する戦術を組み込んでよろしいでしょうか。」
「ユスティアか、お前もしつこいな。
アテラ、この女の前科を知っているか?」
「前科?」
私はユスティアの方を見る。
ユスティアは目をそらす。あぁユスティア…残念だよ…。
「こいつは多数殺しをやっている。
海牛族の希少種入りをやった雪猫団の兵長級だったらしいからな。」
ハクレイがそう喋った。
詳しくは分からないが、戦力のための希少種を確保するために、ジェノサイドしたということは推測できる。
「ユスティア、この前に会った時、この話を伏せたのは信頼させるような行動でしたか?」
「言わないのが行動?知られた時点で信用なんてされるわけがないよ。」
「随分と偉そうですね。それは信用する側が決めることです。」
「アテラにはわからんさ。世の中には、心の芯から腐ったような奴がたくさんいる。その中で生きるということがどういうことかを。」
「わからないですね。そんなちっちゃな世界のことは全くどうでもいい。」
ユスティアの眼光が刺さる。この感情は怒りだ。
「アテラもあまり煽るな。一度殺したやつは殺しに躊躇はないぞ。」
これは脅しか。望むところだ。
「私は才能ある者達が小悪党で収まることが残念で仕方がないです。
なぜユスティアほどの才の者が掃き溜めの住人のような姑息な生き方をするのか。
過去に人を殺したからそれが姑息さの理由になるとでも言うのか。
本当にくだらない。」
「るっせえな!!」
ユスティアが私の顔を引っ掻こうとするところをハクレイが止める。
これまで少し後ろで静かに聞いていたメイが腕や脚に増強デュナミスをかけだす。
「アテラ、やめろ。それもやめさせろ。」
ハクレイが言う。
「あ〜れあれ。アテラちゃんじゃーん。」
嫌なタイミングで気づかれた。ミュミテだ。
「ミュミテ、丁寧語で話す約束です。」
「これがあたしの丁寧語だよおちびちゃん。」
「アテラ、ミュミテは今勉強中だ。」
ミュミテにストレスを感じる前に、ハクレイが全方位に子守をしていることに気づいたら自分がひどく矮小に見えてきた。
「アテラ、そのうち力づくで奪ってやる。覚悟しな。」
ユスティアの本来の性格が出てきた。
「私はユスティアが過去を乗り越える日を待ちます。」
「じゃあね。」
ユスティアは踵を返し片手を挙げて去る。
そう、この真っ直ぐな感じでいいんだ。
「アテラちゃん、またポエマーやってる。」
「ミュミテはどこが丁寧語になったのですか?」
癇に触るミュミテの話しぶりを指摘せざるを得ない。
「ミュミテ、とりあえず最後に『です』をつけろ。」
「うんです。」
「俺にはつけなくていい。」
コントのような会話だ。
「アテラ、次のデュナミスコピーは考えているか。
黒風でデュナミス提供に前向きな者とスキルを書いておいた。」
そういうと、ハクレイは私に一枚の紙を渡してきた。
ミュミテ・ゼオラ 偽証属 分裂(希少種)
シュゼ・ゼオラ 引斥属 加速
ニェラル・ソーラ 偽証属 透明化(希少種)
アルシェ・チェルン 偽証属 増強
ワラー・クァルテト 干渉属 心理鎮静
ヤンク・ショムス 回帰属 修復
…
またしても先手だ。
良い方向にだけれど、ハクレイに出し抜かれている。
そして、ミュミテの名を見て偉そうに吠えていた自分が恥ずかしくなった。
「ミュミテの名も…」
「ミュミテは迷わず書いた一人だ。アテラの思う性格とは違ったか?」
「もう少し利己心を剥き出しにするタイプと思っていました。」
希少種を提供するのは並大抵ではない。
生まれ持ったアイデンティティを奪われるような一面もある。
奉仕欲か、それとも本当に何も考えていないのか。
「りこ?」
「わがままってことだ。」
「は?なめんなガキ。」
ミュミテが睨んでくる。この紙を見たあとだとそれも可愛く見えてしまうのが不思議だ。
「ミュミテ、その可愛いキレ顔が見たくて…今幸せな気持ちになりました。」
私はミュミテに微笑みかけておいた。
「は?きも」
「『です』だろ」
「きもです。」
ミュミテの僅かな視線の動きからして、そこまで嫌な気分ではないことが読み取れる。
本当に嫌なら視線が動かないか、視線の力が抜けるところだと思う。
「ミュミテ、なぜ迷いもせず書いたのですか。希少種というのに。」
「アテラちゃんが増えたらかわいいから。です。だからアテラちゃん限定。です。」
…前言撤回させていただく。こいつはだめだ。




