70.異常値
目を覚ますと、私は暗い体育館のような大広間にいた。
「あ、おわった……」
静まり返った空間で、誰かの声が小さく響いた。
──そうだ。
私はこの機器で、デュナミス総量の計測をしていたんだ。
「大丈夫かい?」
目の前には教官が立っていた。
私はベッドから起き上がり、重たい頭と気持ち悪い腹部を押さえながら一歩踏み出す。
「すみません……なんか、身体がだるくて」
「歩ける?」
「はい、なんとか……」
前を見ると、少し先でチターナとメイが並んで座っていた。
「あ、アテラ起きたか!」
「長すぎて、ちょっと怖くなったよ……起きてよかった」
二人がこちらへ寄ってくる。
「ずっと機器を占領してたから、今日の予定が押しに押したんだよ。まあ、終わってよかった」
教官がそう言った。
どうやら、もう全員測定を終えたらしい。
「それで、結果はどうだったんですか?」
チターナが教官に尋ねる。
教官は機器の裏側に回り、ディスプレイを覗き込む。
「……えっと……トリプルマイナス? なにこれ……」
「マイナス? 数字じゃないんですか?」
私も裏側のディスプレイを見せてもらう。
『---』
……確かに、トリプルマイナスだ。
「あぁ……これって、もしかして時間切れでしたか?」
「いや、時間制限はないし、途中で問題があればエラーコードが出る。測定不能なら999が出るはずなんだけど……正直、よくわからん」
相変わらず適当な教官だ。
でも今は、とにかく帰って休みたい。
「ちゃんと調べてくださいね。こんなに遅くまで入って、何もなしじゃ納得できませんよ」
「まあまあ。ちゃんと入ったことは記録されてるんだし、再調査フェーズでやり直せばいいでしょ。お腹すいたし」
メイがきちんと釘を刺し、チターナは最後に本音を漏らした。
この第4棟の大広間に残ったのは、私たち三人と教官一人。
時計は、すでに22時を回っていた。
私はぐったりしたまま、メイにおぶってもらう。
……
……
再び目を覚ます。
お腹が、ものすごく空いていた。
ここは……チーム部屋の男子部屋。
そうだ、測定して、遅くなって、メイに運ばれて……また寝たんだ。
深夜かと思い、暗さに目を慣らして時刻を見る。
21:00。
……時間が戻ってる?
さっき見間違えたのかな。
部屋を出ると、みんなが食後のスイーツを囲んでいた。
「あ、アテラ起きたね!」
「……大丈夫?」
「顔、やつれてるよ」
いろんな声が飛ぶ中、私は力を振り絞って言った。
「お腹すいた」
すぐに料理が運ばれてくる。
どうやら、ちゃんと取り分けてくれていたらしい。
「いただきます」
私は無心で食べた。
周囲の会話は耳に入らない。とにかく、食べる。
──そうだ。
翠玉色のラスボスも、私が食べたんだった。
どんな味だったっけ。
私だけが異様に長時間機器に入っていて、結果はトリプルマイナス。
自分びいきを差し引いても、これは明らかに特殊だ。
特別な存在。
選ばれた存在。
必死に足掻いても「出る杭」程度にしかなれなかった私の胸が、期待で少し高鳴る。
焼き魚、根菜のスープ、香ばしい穀類、干し肉と野菜の和え物。
どれもおいしい。
満腹中枢の存在を感じ始めた頃、ようやく周囲の声が聞こえてきた。
「この身体で、どんだけ食うんだ……」
「ほんと、すごい集中力」
「あ、すみません……集中しすぎてました」
口の中のものを飲み込み、みんなを見る。
「アテラ、食べ過ぎ食べ過ぎ」
「丸二日分を一気に食べたよね」
チターナとルレウが言う。
「二日分……?」
そうか。
時間、23時間くらい進んでたのか。
「そ。やっと会話できたね」
「みんなで交代しながら看病してたんだよ。結構大変だった」
今度はメイとルレウ。
……ずっと寝てたら、そりゃ怖いよね。
「男の子の頭って、いい匂いがするんだね。私は姉しかいないから知らなかったよ」
……ん?
「男の俺にはわからん。な、ウイ」
「……はい」
「アタシは近所の子の面倒見てたからわかるなぁ。
リーネなんて、匂い嗅ぎながらすごく幸せそうだったし」
「い、いや……眠気に誘われて寝ただけです」
……一緒に寝たのか。
「ハエの半虫だったら、こうはならんかっただろうなあ。人生は不公平だ」
「ハエは無理です。ヤゴなら大丈夫です」
ムイが淡々と核心を突く。
リーネ、ヤゴは大丈夫なのか……。
「結局、私は何をされたんですか」
一応、確認する。
キスとかされてたら絶対に許さない。
「交代で添い寝してただけ。体温下がりそうだったから。
でも猫族だし、大丈夫だったかもね」
チターナの説明に、ひとまず安堵する。
「ちなみに言うと、二回危ないことがあってな。
一回目は酔っ払いルレウ。繭になろうとしてたから止めた。
二回目はチターナ。着替えさせた後、裸で一緒に寝ようとしたから止めた」
「裸の方が体温伝わるでしょ」
「同意。いたずらの意図はない」
……何を言っているんだ、この人たちは。
「チターナ、ルレウ。今日は二人で同じベッドで寝てください」
主従リンクが生きている二人は、逆らえない。
「……チターナ、香水洗ってね」
「虫族の匂い嗅ぐと初恋思い出すんだよね……」
距離感バグ勢は、仲良くしてほしい。
二度と私に添い寝させない。
私はシャワーを済ませ、男子部屋へ戻る。
「アテラ、寝られるか? 相当寝たぞ」
「はい……でも、また眠くなってきました」
次に起きたら、全部元に戻っているといい。
「おやすみなさい」
「おやすみー」
「早く元気になってね」
男子部屋に入ると、ウイはすでにベッドに横になっていた。
「アテラ、寝る前に共有しておきます。
メンバーのレートと、現在の総量です。
ムイ:106/101
私:127/115
チターナ:100/110
リーネ:147/118
メイ:125/107
レートが高く、総量が低い者ほど余力があります。
次のコピー解禁では、私とリーネ、メイは有効なデュナミスを得られる可能性が高いでしょう」
私は、静かに頷いた。




