6.能力者(デュナトス)
「あら、驚かせちゃった」
読書中に急に声をかけられるのは、いくつになっても不愉快だ。
どうやら、夢中になりすぎていたらしい。
私は何事もなかったように、ぼんやりと本棚を眺めた。
「お本、読みたい?」
「うん」
「好きなのを読んでいいよ。どれも分からないでしょうけど……」
おばあちゃん猫は、思いのほか寛容だった。
なぜここまで自由にさせてくれるのか意図は分からないが、
私は目先の好奇心に負け、本を読み漁ることにした。
先ほどの歴史書は、いつの間にか片づけられていた。
よほど大切なものなのか、それとも挿絵が少なく、子供には向かないと判断されたのだろう。
次は何を読むか。
――そうだ、地理がいい。
前世でも勉強は嫌いではなかった。
効率重視の教科書より、雑学的な本をだらだら読む方が性に合っていた。
初めて見る異世界の地図は、まさに宝の山だった。
大陸は三つ。
北全面を占める最大のゼア大陸。
続いて東のベルン大陸、南西のアルミーツ大陸。
今いる場所を特定することはできないが、
地政学的に重要そうな地点だけは覚えておこう。
ゼア大陸とベルン大陸は、ナムナス海峡を挟んで非常に近い。
このナムナス海峡は金の匂いがする…
ゼア大陸南部には複雑な半島地形があり、
温暖な気候、大河の存在。
文明が早期に興隆したであろうことは、容易に想像できた。
想像を巡らせながら、地形を頭に焼き付けていく。
穀倉地帯、工業国家、戦略資源。
この地理書は、なかなか情報量が多い。
ふと、『種族分布』という項目に目が留まった。
獣族、鳥族、竜族、軟族、魚族、蛇族、両族、虫族、無族
予想外に多い。
しかも挿絵を見る限り、すべての種族に半人半獣の形態が存在する。
そして――人は、いない。
私は慌てて探した。
人に関する記述がどこかにないか。
異世界なのだから期待していなかったとはいえ、
これだけ人型の存在が並んでいて、人間だけが存在しないのは不自然だ。
歴史書にあった『ポリティカル・コレクトネス・スコア』という不穏な言葉。
あれも、人という存在が生み出したものだと、どこかで思っていた。
私を苦しめ、同時に生かしてきたそれが、
この世界では人間のオリジナルですらない――
その事実が、ひどく物寂しかった。
何か、私を満たす情報が欲しい。
八半竜。
合成獣研究。
消失遺伝子。
第3宇宙速度。
七つのデュナミス分領。
アルカザスの優位性。
――デュナミス。
文脈からして、あれが超能力の正体であることは間違いない。
私は、本来の目的――生き延びるための情報収集を思い出し、
デュナミス関連の書籍を探した。
『デュナトス Tier0175』
比較的新しいその本は、最新に近い情報を含んでいるように見える。
巻末の刊行日には「0176年・魚の星系」とあり、
0175という数字が暦年であることが分かった。
デュナミスのTier。
つまり、超能力の強さを示す序列だろう。
ページを開くと、
デュナトスとは『デュナミスを行使できる者』らしいことが読み取れた。
――デュナトス Tier1
ヤズヴァー、スピリエ、ルコラ……
さらに、付録のような項目に、
デュナトスの『開発』と『認定』についての説明がある。
……これだ。
この世界で生き抜くために必要な知識。
私にとっての、Tier1。
デュナトスの開発は、デューナメース認定企業へ。
認定も、そこで行われるらしい。
企業名がずらりと並ぶ。
前世ではついに立つことのなかった、『社会人』というステージ。
前世のお母さんは、いわゆるバリキャリだった。
私の教育方針にも、その影響は色濃く反映されていた。
私を殺した父親は、いつも母の言いなりだった。
だが、私は母を憎めなかった。
圧倒的な立場にありながら、常に『正しくあろう』とする母。
家族を導く理念のようなものに、私は心酔していた。
それは、ほとんど忠誠心に近い。
美しさ、度胸、愛嬌――
すべてを兼ね備えた母への憧れもあって、
私は困難に直面すると、何もかも母の真似をして乗り越えようとした。
父の優しさにも感謝はしている。
だが、それは誰にでも向けられる優しさだった。
だからこそ私は、唯一無二の理念を持つ母に、強い愛を感じた。
今も、変わらず。
デュナトスの開発が、どれほどの可能性を秘めているのかは分からない。
それでも、この世界で再び母の理念を体現してみたい。
脳裏に焼き付いて離れない、歴史書の言葉。
ポリティカル・コレクトネス・スコア。
もしこの世界にもそれが存在し、
再び私の前に立ちはだかるのなら。
今度こそ、御して、打ち砕いてやる。
そのために必要な強さは――
必ず、身につけてみせる。




