5.ああ素晴らしき書斎
三日後。
お母様とお父様が留守になると、私は隣人の家を訪ねた。
「こちはー」
お父様によれば一歳程度の現在でも話ができるのは普通のはずだ。
「あらあら、かわいいお客さんね」
「はじましてー」
玄関に出てきたのは、先日の中年男性ではなく、年配の猫族の女性――おばあちゃん猫だった。
「エンニだよ。エンニ・アーグス」
アーグスは、お父様とお母様の姓である。
「アーグスさんところのエンニちゃんね。もう喋れるのね。私はノアテラ。よろしくね」
――もう喋れる?
猫族にしては早いのか、それとも普通なのか。
その疑問を一歳児らしく尋ねられないのが、少し歯がゆい。
他の家はどうなっているのだろう。
多少のリスクはあるが、好奇心が勝ってしまい、つい口に出した。
「おうち、はいりたいなー」
「いいよ。入っておいで」
驚くほど、あっさりだった。
家の中は外観と同じく、洋風の木造家屋。
内装を自由に作り込めるというのは、前世でマンション暮らしだった私からすると、ずいぶん楽しそうな住環境だ。
案内された室内は、一見して特別きれいというわけではない。
だが散らかりすぎてもいない、楽に管理された生活感のある空間だった。
潔癖な母を持っていた前世の私としては、どこか落ち着く。
奥へ進むと、子供部屋があった。
部屋に子供の姿はなかったが、
やけに整ったおもちゃの状態と対象年齢からして、
おそらく私と同じくらいの子が住んでいるのだろう。
「わあ、おもちゃあるねー」
適当に、興味を示す。
「おもちゃだねー。お菓子ほしい?」
「おかしー、ほしいー」
お菓子はあまり好きではないが、不自然なので受け取ることにする。
どうやらこの世界では、他人の赤子を親の断りなく家に入れても問題ないらしい。
ずいぶん気楽な社会だ。
それよりも気になったのは、子供部屋に入る前にちらりと見えた、本棚のある部屋だった。
お菓子を取りに行っている隙に、そちらへ足を向ける。
予測不能な行動は、赤ちゃんの特権だ。
とりあえず、世界のことが分かりそうな本を一冊手に取った。
――『歴史書 ハルバルト』
ハルバルトという人物の書いた歴史書、だろうか。
ページをめくり、挿絵の前後を中心に速読する。
刊行年は「0172年・鳥の星系」とある。
鳥の星系?
本の古さから考えると、今は0180〜0190年頃だろうか。
そして、この世界の暦での0172年は、実質「10172年」を意味するらしい。
つまり、この文明の歴史は、人類史よりも遥かに長い可能性がある。
もっと見たい。
もっと知りたい。
好奇心に我を忘れ、「歴史概略」の項目を追う。
─0年、デューナメースの創始。デュナミスの研究が始まる。
─1700年頃、デューナメースが正式に国家ヤハズの庇護を受けて体系化された研究が始まる。この後明確にデュナトスが戦争、経済、権力の主役となった。
〜中略〜
─5206年、デューナメース第77理事会の暴走によりの虚無の反転、グレートリセットが起きる。
─7323年、反転虚無の短縮半減期が過ぎる。
─9541年、国家概念から独立した新生デューナメースが作られる。
─9889年、世界連盟樹立、ヘイトスコア関連システム導入により戦争の完全抑止に成功する。
─9969年、新生デューナメース第7理事会が新たなデュナミスコントロールの基礎体系を発表、1年間の検討を経て世界はアルカザス・デュナミス分領に属する法案を世界連盟が承認する。
─10045年、世界連盟は経済過当競争の管理に、均衡助成システムを導入、格差は大幅に是正されたが経済成長は年々鈍化していく。
─10097年、経済の停滞はついに世界暗黒時代と言われるまでになる。世界連盟は過ちを認め、均衡助成システムを廃止。均衡安全システムを導入する。
─10131年、長く平安の続く世界おいて、いまだ不幸を生み出す社会構造が問題化。各国はポリティカルコ・レクトネス・スコア制度で対応する。
その後各種マイノリティ運動が活発化する。
─10166年、長らくデュナトスTier1に君臨し続けたスピリ…
「こんなところに。お本が好きなの?」
突然、すぐ近くで声がして、びくりとする。
驚いて、本を落としてしまった。




