57.動物
視線が、私の全身のあらゆる部位に刺さっているのが分かる。
だからといって、全部を話す必要はない。
「ルレウとの会話のことなら、話す気はありません。
彼女が望んでいないので」
それを聞いたメイは首をかしげた。
「あ、あのさ……過去のことは分からないけど、
チャームで同色をコントロールするのは、さすがにダメなんじゃないか……?」
さっき私が「過去の話をした」と言ったのを覚えていての発言だろう。
「そりゃ禁忌行為で、自色への裏切りに当たるかもな」
ムイがそう続いた。
"味方にチャームをかけてはいけない"というルールは聞いていない。
問題は、かけた側の動機、解けた後にどう感じるか──。
「黄昏の人たちからしたら、ルレウのチャームは予期せぬもの。不正の印象は拭えません。
けれど思い出してください。
そのおかげで黄昏棟は初期にまとまった。
さらにルレウは、仲間を身を挺して助けに行きました。
チャームは解いてもらうとして、"裏切り者"なんておかしいです」
「それは、アテラの“結果論”だね。
ルレウが自分の心を満たすために、チャームをしたかもしれない。
“黄昏のため”というのは、後付けじゃないか。──そう感じたら、皆は納得しないよ」
……その通りだ。
私に情がないかと言われれば、たぶんある。
『そうあってほしい』という気持ちが、現実をねじ曲げようとしている。
ナズナが、わざとらしく傍観者の顔をする。
「あらまあ。黄昏さんは、どうなっちゃうのかしらね」
この件は、ナズナが意図的に漏らしたはずだ。
それならば、巻き込んで知恵を得られるかもしれない。
「ナズナ。あなたは黄昏のルレウをどう思いますか。
もし彼女が、私たちと一緒にここへ来たら信用しますか?
それともハクレイみたいに門前払いですか」
「アテラ、あなたは……。まあいいわ。ルレウはいい子よ。
ハクレイたちみたいな蛮族と比べたら、かわいそうだわ」
「同盟の合意書にサインできるほどですか」
「ふふふ。そうねえ。
あなたたちと一緒に来たなら、サインできるかしら。チャームの事実を知っていたとしてもね」
――1票。
「ラニュとセーラムも同じ考えでしょうか」
「ラニュヤよ」
「失礼しました、ラニュヤ」
「もちろんよ。あなたたちと組む“面白み”は、何物にも代えがたいの」
「我は二方に従うのみ」
この三人は判断が中立。とても助かる。
「これが答えではないでしょうか。
私たちが黄昏に“ルレウの安全”を求める。
黄昏も無下にはできない」
「それ、ある種の脅しなんだよね。いい手ではあるけれど」
チターナがそう納得したところで、場は静まった。
これでいいんだ…。
「では今、ルレウと一緒に来たと思って――合意書にサインをいただけますか」
「アテラは本当にルレウのことが好きなのねえ。応援しちゃうわ」
不本意な言葉。今は流しておく。
ナズナは、鼻歌を歌いながら合意書に署名し始めた。
そして私に手渡す時、しゃがんで口を開いた。
「あとで私の部屋に一人で来なさい。お嬢ちゃん」
……お嬢ちゃん。
つまり、知られている。どこまで――?
「さあ、お昼すぎだし、スイーツでも振る舞おうかしらねえ」
「スイーツあるの?……」
「スイーツ、いただけるのですか……」
リーネとウイが小声で反応する。
他のみんなも、期待を隠せない顔だ。
「さあ、こちらへ」
別室に案内されると、そこには様々なお菓子が並んでいた。
クッキーのような素朴なものもあれば、フルーツ入りのケーキのようなものもある。
豪勢すぎて、毒物か何かを疑いたくなる。
だが、真っ先にオファが食べたことで、みんなの警戒心は一気に薄れた。
私は皆が食べ始めたのを確認し、『お花摘み』と言って部屋を抜ける。
言われた通り、ナズナの部屋へ通された。
「いらっしゃい」
「どうも、お邪魔します」
ナズナは紫とピンクが混じる派手髪で、部屋もまた派手だった。
メイの派手さとは種類が違う。こっちは“本気”の派手好き。
装飾はギラギラしていて、高級感というより威圧感がある。
「さぁて。私があなたたちと即合意した理由を聞いてもらうわ」
「はい。ぜひ教えてください」
どうくる…
“面白いから”だけで動く人間ほど怖いものはない。
「終齢層に“女帝”と呼ばれる人がいるの。その人、あたしのママなのよ」
「じょ、女帝……」
おかまの親玉みたいなやつだろうか。
「ママはお店一筋でね。
こんな表世界のエリートが集まるデュナメイオンなんて、やる人じゃなかったの。
でも――ハクレイに似たオレオレ野郎に惚れて、ここに来ちゃったわ」
「えと……色恋、ですか?」
「そうなるわね。夜の世界の女帝も、一人の女だったってわけ」
オレオレ野郎、って……。
女帝の意味が分かって、私の興味は少し冷めた。が、今は合わせる。
「女帝を正気に戻す、ということでしょうか。ぼくたちにできますか?」
「あの男の一番恐ろしいところはデュナミスじゃないのよ。
デュナミスなら解けるのに」
……それ、純愛では?
「もし女帝が戻らなかったら?」
「あたしの帰るお店がなくなるのよ。
だから、攻撃性と魅力があるあなたたちの出番ってわけ。
アテラのえぐい性格、きっとドンピシャ。
それにウイって子も、ビジュでいい線いけると思うわ」
ビジュが大事なのか大事じゃないのか、よく分からない。
とりあえず受けておく。
「分かりました。やれるだけやります」
「女帝は必ず男に会いに来る。男――セシザは中齢にいるわ。
中齢攻めの時に、蹴散らして頂戴」
「……蹴散らすって」
「女は強い男が好きなのよ。あなたなら分かるでしょ?」
分からん。私はそんな動物的になりたくない。
というか、ナズナ自身が動物的に強そうだ。
「ナズナはセシザを倒せますか」
「ダイレクトねえ。
私は包含属の“体力食い”。倒すと相手は虚弱体質になる。取り返しがつかないのよ」
包含属。初めて聞く。
つまりナズナは、他人の体力を食って生きてきた――不可逆な効果を伴って。
私は一つ確認する。
「ところで、ナズナは私が“女”だと、どこで知ったんですか」
「察しはついてるでしょう?
セーラムが、あなたとルレウの会話を盗聴したのよ。
でも身体と心が違う人にしては、ずいぶん安定してるわね」
……そうか。盗聴は“言葉”だけ。
身体の大きさまでは分からない。
ムイも同じ。
なら今のところ、追放の危機は――ルレウさえ口を閉ざせば回避できる。
「盗聴も、ルレウと同じで不正の要素を感じます。
このことは内密に。私は完全な男として扱ってもらって構いません」
「ふふふ。いいわ」
罪悪感が心を削る。
だって私の変化こそが、完全黒の不正なのだから。




