56.知性
挨拶を済ませると、私たちはすぐに棟へ通された。
白刃は警戒心がなさすぎる。
けれど本来このプログラムは"平和であってよい"ものだ。こちらのほうが普通なのかもしれない。
棟の中を歩きながら、オファが私に聞いてくる。
「アテラさん、何歳?」
「ぼくは6歳です。7竜の星系では7歳になります」
正確な誕生日は分からないが、メイラ先生の言うところではそのくらいらしい。
「じゃあアテラでいいや。俺は9歳だから」
年齢マウント。
9歳なら仕方ない。うん。
「そうなんですね。じゃあオファ兄さんって呼びます」
「お、おう……心細かったら俺に何でも聞けよ」
「はい、オファ兄さん」
後ろでチターナがクスクス笑っている。
案内されたのは、他の棟にもあるような大部屋だった。
広いのに、誰もいない。白刃の人たちはどこにいるのだろう。
「じゃあ呼んでくるので、お待ちくださいね」
ニレがそう言って部屋を出ていった。
……あれ。要件を何も言っていないのに。
「呼んでくるって、誰を?」
ムイが当然の疑問を口にした。
その時、距離感ゼロのチターナが、オファの頬に触れていた。
「ねえねえ、オファくんはペーパー試験が良かったの?」
「ひ、えっと……実技のほ、ほうかな……」
オファは驚きつつ、必死に平静を保っている。
お兄さんなのだから、チターナの洗礼も頑張らないとね。
「そっかぁ、えらいねぇ。強いデュナミスなんだねぇ」
チターナが頭を撫でる。
その撫で方に歪んだ愛情が混じっている気がする。
オファは俯いて、もう喋れなくなった。
……母性寄りのショタコンみたいなチターナにも、ルレウみたいな過去があったりするのかな。
私は話題を変える。
「オファ兄さん。おぶられてたのは、やっぱりぼくと同じ“子供”だからでしょうか」
「あ、いや、あれは偵察だ。もう俺は大人に近いからな」
大人は偵察でもおぶられないと思うんだよな……。
「偵察なら、こんなのはどう?」
メイが急にオファを肩車した。
「うあっ……これいいな。高いのは偵察にいい」
動揺が隠せていない。
次はメイの洗礼がくる…
案の定、メイがジャンプした。
天井に届く勢いで跳ぶ。
「うああぁぁ」
遠目に見たら、私たちはいじめっ子だ。
こんな小さな子を弄って、やっぱり悪の一味なのだろう。
そのとき――天井付近で一瞬静止し、降りる瞬間。
オファの背から羽のようなものが生え、メイと分離した。
「おおー」「かっけー」
チターナとムイが声を上げる。
メイより数秒遅れて降りたオファは、羽を消した。
「偽証属の想像具現。体積や時間に制約はあるけど、これで試験を通ったんだ」
「希少種だね。素敵な才能だよ」
「その羽、いいなぁ」
メイが褒め、リーネが羨ましがる。
私はウイの手をちょんちょんと叩いた。
こちらを見たウイに、口の動きだけで「いくつ?」と尋ねる。
ウイは指で、1、2、0。
――マイナス120。
ここに来る人たちは、やはり相当厳選されている。
「アテラはどんなデュナミスで通ったんだ?」
オファが聞いてくる。
「アテラはガリ勉で、ペーパーテストで来たからポンコツだぜ」
秘匿したい私を察したムイ。…ポンコツ…
「はい。兄さんのようにはなれませんが、頭でも貢献できるよう精進しています」
私はそう合わせる。
みんなは『ポンコツ』を否定するタイミングがなかったんだ。うん。
「このふわふわの毛、いいね。ぎゅーってしていい?」
チターナがまた変なことを言い出す。
オファは俯いて、また固まった。
「なでなではいいけど、ぎゅーはダメかなー?」
チターナが撫で続ける。
態度を見る限り、たぶん「ぎゅー」も本当はOKなのだろう。
チターナは押し引きを楽しんでる。
ふと、私の頭にも撫でられる感触が来た。
いつの間にかリーネが隣にいて、無表情で私の頭を撫でている。
……男の子を撫でたいだけなのか。
それとも「アテラが撫でられたそう」と勘違いしているのか。
どっちだ。
「すまないわねえ。遅れちゃったわあ」
入口から声がして振り向くと、女二人と男一人が大部屋に入ってきた。
「はじめまして。ナズナ・ルナよ」
少し蛙寄りの外見の女性。声はハスキーで、喋り方はおかまっぽい。
「ラニュヤ・ニェルニュよ」
派手髪、角が多い。鹿族っぽい外見でこちらも女性寄り、やはりおかまっぽい。
「セーラム・ザザだ」
男は爬虫類系だろうか。若いのに紳士的な格好で、声はダンディーだ。
態度から、最初に名乗った様子からもナズナが頭首だと推測できる。
「はじめまして。ぼくはアッティラ・ラシュターナ、アテラです」
声と視線は三人に向けたまま、私はあえてナズナのほうへ歩く。
そして振り向き、こちらのメンバーを紹介した。
「こちらから、
チターナ・ドルフォナ、
厶イ・マダラオ、
メイハーネ・トトー、
リーネ・ハグーバーク、
ウィグヌー・アンズナイアです」
「あら、お利口さん」
ナズナが早々に評してくる。
私は間を置かずに話を進めた。
「ナズナ。ぼくたちの目的をご存知なのでしょうか。代表直々にいらっしゃるなんて」
「礼儀よ。代表が来たら代表が出る。当然の対応だわ」
なぜ私たちが代表で来ると分かったのだろう。
ハクレイが伝えたのかもしれない。
「私が代表だと分かるんですね。お目が高い」
「ふふふ。少し鼻につく言い方ね。
でも、あなたは“心の落ち着き”がずば抜けてる。どちらにせよ分かるわ」
心の落ち着き……内面を読めるのか?
「本題に入りましょう」
「組むわ」
「……はい?」
「あなたたちと組む。投資もさせていただいてるし、初齢同盟に入れてくれる?」
……どういうことだ。
ハクレイは、私がダメなら強硬手段と言うほど揉めていた。
それなのに、なぜこんなにスムーズなんだ。
「ナズナ、ぼうやが困ってるわよ」
ラニュなんとかが言うと、ナズナは少しだけ声色を落とした。
「あなたたちになら言っていいかしらね。
お互いの今後のために、隠し事はなしにしましょう」
そう言ってナズナは、セーラムを促すように片手を差し向けた。
セーラムが一歩前に出る。
「我々は観測属で強力なデュナミスを持っている。
俺は遠方でも、方角と距離さえ一致すれば“声”が聞こえる」
……それ、プライバシー侵害の塊では?
つまり、棟内での会話は筒抜けになり得るということか。
「例えば黄昏棟では、干渉属チャームによる統治がされている。
黒風棟では、干渉属行動操作による主従リンクが横行している。
青月棟では――」
「待って、チャーム!?」
チターナが遮って食いついた。
「あら。ぼうやから聞いてなかったのね」
「あなたたち、意外と一枚岩じゃないのかしら」
ナズナとラニュの言葉に、皆が驚きを隠せない。
視線が、一斉に私へ集まった。




