表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/110

53.繭

私は心頭滅却しながら部屋へ向かった。


太腿の内側を確認する。

『334』――変わっていない。

やはり、ハクレイたちは違う。


ゆっくり深呼吸して部屋へ戻ると、リーネが朝食の準備をしていた。


「おはようございます」


「あ、アテラ、おはよ」


「ハクレイと話してきました」


「え、もう終わったの?」


「はい。無事、同盟にこぎつけられそうです」


「えらい」


テーブルには、穀類の粉を平たく焼いたチャパティのようなもの、ジャム、干し肉、昨日の肉の余り、野菜、それに野菜用のソースまで用意されていた。


「すごくおいしそう。リーネ、本当に料理上手ですね」


「食材が良かっただけだよ。マーケットみたいに揃ってたから」


この世界の僅かな人生で体験してきた食事と比べると、根本が違う。

母は何でもスープにして配給パンに付ければいい、という人だったし、ノアテラは一品に何でも入れてしまうタイプだった。


でもリーネは“料理”をしている。

メイラ先生の満漢全席は例外として、日々の中で手間をかけられる生活力がある。

口に出すのは憚られるけれど――『良いお嫁さん』になれる人だ。私なんかとは違って。


「本当にすごいよ。慣れたら他が食べられなくなりそう。早く食べたいな」


「う、うん……」


他のみんなを呼んで、さっさと食べたい。


「ムイとウイを起こしてきますね」


「……待って」


「……ん?」


「アテラは、男の人が好き? 女の人が好き?」


急に重たい話題が来た。

二人きりだから聞いたのだろう。


……真摯に向き合え、私。


「わからない。男の人が好きなはずなのに、わからなくなる時があります」


「そう」


「リーネは、外観が男で心が女の人と、外観が女で心が男の人なら、どっちが好き?」


「え、私は……言わない」


『言わない』かぁ。

このまま曖昧に流したくなる。


「好きだと思える人がどんな性別でも関係ないです。好きが先で、性別は飾りです」


「……そう」


前世の私は、そう思い込もうとしていた。

好きが確定条件で、同棲や身分みたいなものは“乗り越える試練”にすぎない、と。


でも今は違う考えがよぎる。

好きも飾りの一部で、全部剥がれたら最後は動物――そんなふうに思ってしまう。


「何があっても、すがらない自己の理念を忠実に成そうと粘り通せば、思いは現実になる。そう思います」


「……よくわかんない」


無意識に変なことを口走った。

母に片想い相談をした時、同じような言葉が返ってきた。

今の私に浴びせたい気持ちがあふれてしまった。



「……みんなを呼んできますね」


朝食をとりながら、ハクレイとの会話や合意書の内容を共有した。

ミュミテとシュゼの口の悪さについて全員が同意し、妙に盛り上がったおかげで、私のストレスは発散された。


片付けを終えると、さっそくサイン集めに動く。

黄昏とは同盟関係でもあるため、まず向かうことにした。


「デュナミスの開発って言う割に、ここまで全然“開発”らしいことしてないね」


「第2プログラムからそういうの来るといいね」


チターナとメイが話している。


黄昏棟に着き、中へ入ろうとしたところで声をかけられた。


「あ、君たちアテラのチームだよね?」


「はい、そうです」


「ルレウさんが、アテラと一人で話したいって」


「……そうですか」


一人、か。嫌な予感がする。


「せめて二人ではだめでしょうか」


「他の方は、シーケウスさんかカルテインさんが窓口になるそうよ」


なぜ私だけ。

ルレウは盟約の時も、チターナの提案に私の確認を挟んできた。

初対面でも、女に騙されたみたいなことを言っていた。きっと閉鎖的な面があるに違いない。


「みなさん、合意書の件はルレウとシーケウス両方に当たったほうがいいと思います。

 ぼくはルレウと話します。皆さんはシーケウスを」


「どう来るかな。アテラは肉体的に弱いし一対一は危険だよ?」


チターナが懸念する。


「ルレウはそんな悪い人じゃないから大丈夫です」


「じゃあ時間決めよう。戻ってくる時間」


メイが黄昏に見えないよう、指で「20分」を示した。


「わかりました。ここへ戻ります」


「んじゃまた」「ばーい」


ムイとチターナの声。

私は皆に手を振って別れた。


案内されたのは黄昏棟の2階だった。

少し進んだ部屋の前で止まり、案内役が言う。


「ここがルレウの部屋です」


構造は赤誠と大差ない。

私は部屋に入れられ、外から扉が閉められた。


少し不安になって、私は扉を引く。開いた。

閉じ込められたわけではないらしい。


「アテラ、閉じ込められると思った?」


右奥の扉が開いていて、そこからルレウが顔を覗かせていた。


「……ちょっとだけ」


「えー、ひどい」


「ぼく一人だけと話すって言われたので」


「私と一対一、嫌?」


「嫌じゃないです。だからここに来たんです。」


束縛が強いタイプだ。変に刺激しないほうがいい。


「ちょい、こっちおいで」


手招きされ、奥の部屋に入る。


そこには虫かごがいくつも並び、虫が飼われていた。


「まだクモ、持っててくれたんだね。でも、もう死にそう」


ルレウは私の背中からクモを取り、虫かごへ入れた。


「たくさん貢献しましたから。いっぱいご飯あげないとですね」


「もう手遅れだよ」


虫かごを見ると、アシダカグモがハエトリグモに襲いかかっていた。


「あれ……食べられちゃうんじゃ」


「そうだよ。弱ってしまった小さなものは、大きなものに食べられる運命なんだよ」


ルレウがゆっくりと私に手を回してくる。


……怖い。


虫かごの中で、小さな音が鳴っている。


「……ルレウから見たぼくは、小さい?」


「うん、ちっちゃい」


「ぼくは、ルレウに食べられる?」


「ふふ。なにそれ。アテラ、いつも面白いこと言うね」


よかった。

今の雰囲気なら、『食べる』と言われても不思議じゃないくらいだ。


「ルレウ、黄昏の代表はルレウですか?」


「うん。ずるを使ったけどね」


「ずる?」


「私、干渉のチャームなんだ」


代表になるためにチャームを使ったんだ…。


「……そうだったんですね。途切れた時はどうなるんですか?」


私は平静を装って話を繋ぐ。

ルレウは私を後ろから抱きしめる形になった。


私は右手を後ろポケットへ入れ、ズボンを少しだけ引き上げる。

太腿の数字を見る。


『242』……『231』……『219』


下がっていく。


……ルレウ、あなただったのか。


「途切れたら、私は終わり。捨てられるの」


まずい。

どうする。何か、手は――。


「冗談でしょう。ルレウは仲間思いですから」


「ううん。チャームは切れた時に反動が来る。切れたらおしまい。

 シーケウス、カルテイン、ノミゾラ、ルンシャク……黄昏の約半数のリーダーが、私に嫌悪感を持つ」


……そんな危険なことを。


「そうなったら、反動が終わるまでぼくたちが匿うよ」


『183』


「どうしてアテラには効かないの? こんなにしてるのに」


抱擁が強くなる。


『160』


「痛いよ。チャームしなくたって、ぼくはルレウの味方だよ」


「嘘つき」


「嘘じゃないです。ルレウを助けたでしょう」


「投資スコアが欲しかっただけでしょ。女もたくさん連れてる。信じない」


『117』


削られる速度が異常だ。

この抱擁や接触が条件なら、離れれば止まる――はず。


動こうとする。だがルレウの力が強く、微動だにできない。


「ルレウ、離して」


「嫌」


ルレウが私の頭に吐息を吹きかけた。

何かが頭に絡みつく感触。


「なんでぼくに拘るんですか。他にも男はたくさんいるでしょう」


「やっぱりアテラは、ルレウのこと嫌いなんだね」


『81』


また吐息。

目の前に白い糸のようなものが舞う。


……虫の糸?


「ルレウ、落ち着いて。ぼくの心は実は女の子で――」


「そういう嘘で、もっと私を傷つけるんだ?」


だめだ。何を言ってもだめだ。


黙ると吐息が来る。

せめて糸だけでも止めないと。喋らないと。


「ルレウは……男の子が好きなの?」


何を言ってるんだ自分…。


「……」


反応がない。糸も来ない。


「ルレウが好きだった人が、ぼくみたいな男の子だったの?」


「……」


「その子は、ルレウを――」


「うるさいなあ」


ルレウが大きく息を吸った。

そして、ものすごい量の糸を私に振りまいた。


「待って、ルレウ、お願い――」


返事はない。


視界が真っ白に染まっていく。

かろうじて見えた太腿の数字は――『46』。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ