48.野心
黒風の棟は、大きなクレーターからおよそ1km離れた場所にあった。
入口には見張りが立っている。
「ハクレイに用がある。取り次いでくれないか」
ムイがさらりと声をかけた。
「合言葉を言え」
「合言葉?」
聞いていない。
けれど――3層制覇のビジョンを話せとか言っていたかな。
「3層制覇のビジョン」
「よし、つなごう」
そう言うと、見張りは棟の中へ消えた。
外には誰もいない。皆、もう休んでいるのだろうか。
「契約成立だ。いい早さだな」
その声とともに現れたのは、ハクレイ、メイ、そして桃色がかった銀髪の男女二人だった。
「どうも、ごきげんよう」
私が声をかける。
「うわ、ちっちゃ」
「ごきげんよう、おちびちゃん」
桃銀髪二人の第一印象は最悪だ。
ハクレイは挨拶すらしない。
「ハクレイ、投資ランキングは1位だっただろう」
「そうだ。お前たちのおかげで、予想以上にデューンが入った」
ムイの問いにハクレイは誤魔化すことなく認める。
「ハクレイ、どっちがリーダーだ?」
「小柄な方がアテラだ」
「へえ」
桃銀髪の男とハクレイが小声で何か話している。
「差し支えなければ、デューンはいくつでしたか」
今後の参考に尋ねる。
「400程度、と言っておこう」
投資価値+64との関係は分からない。
だが、思った以上に上昇幅は大きい。
「メイを返せるか」
ムイが少し早まって切り出す。
「焦るな。まだ3層制覇のビジョンを聞いていない」
ムイは珍しく苛立っている。
睡眠不足のせいもあるだろう。私も眠い。
「このおちびちゃんが、3層制覇とか息巻いたの?」
「そうだ」
「ふふ、おもしろ」
桃銀髪の女は失礼にもほどがある。
黒風は食えない連中だが、利害は一致するはず。
今は平和的に解決し、次に進みたい。
「では、お約束通り話します」
「ぱちぱちぱちー」
煽ってくる桃銀髪女。一息ついて、私は語り始めた。
「デュナメイオンは、デュナミスの開発を目的の一つとしています。
開発である以上、デュナミスを打ち合い、覚醒させる過程がある――つまり戦闘は避けられません」
「そして戦闘や競争の成績によって優劣が決まる。
この優劣は、他者にとって“どの勢力につけば生き残れるか”の指標になります」
前置きはここまで。
ハクレイたちは真剣に聞いている。
「ぼくは、デュナミスの強さは質だけではなく、組み合わせの数だと考えています」
「だから序盤の今、上位勢力となり、他勢力を傘下に入れることが重要です。
その優位を使い、結束の浅い中層に侵攻する」
「有名なデュナトスTier上位者が地位を得たのは中齢そして終齢相当が半々。
つまり中層と終層の実力差は小さい」
「ならば、より近い中齢層と早期に決戦し、制した者こそが勝者です」
ハクレイから僅かな笑みが感じ取れる。
「大筋では同意だ。では、その戦術とやらを聞こう」
「ハクレイは行動操作系のデュナミスを持つ。
そして我々には、ポリコレスコアを視認できる者がいる」
「相手を選び、子供である私に“謝意”を抱かせれば、
いかなる強者にも主従リンクを張れます」
「例えば――
利害を賭けて正々堂々と戦い、私が打ちのめされ、奪われ、泣いたとします」
「多くの者は“悪いことをした”と感じる。
そこをハクレイが突けば、主従リンクは成立する」
「リンクは維持コストなし、人数制限もない。
情報を伏せたまま、水面下で進めることも可能です」
チターナが、私が泣いただけで深く責任を感じたように。
多くの者の感情は、ああいう作りをしている。
「うわ、腹黒」
桃銀髪の男が呟くが無視する。
「興味深い。主従リンクがアテラに向くという欠落以外はな」
「今のは一例です。
ぼくは百の戦術を生み、千の戦いに勝つ器量があります」
「メイを解放していただけるなら、裏切りはしません」
少し盛りすぎたかもしれない。
頼む、応じてくれ。
「かわいい顔してこいつ詐欺師じゃん……」
桃銀髪女の失礼な発言から沈黙が流れる。
ハクレイは一人ずつ、私たちの顔を見ていた。
「アテラ、お前が裏切らなくてもこの中で裏切るやつがいるかもな」
「いいだろう。今回はお前たちの勝ちだ」
そう言って、メイを前に押し出した。
デュナミスが解けたのか、メイは崩れ落ち、ムイが受け止める。
「メイに何もしてないだろうな」
「していない。デュナミス総量を測るのに少し疲れさせただけだ」
「三層制覇の協力は一日待て。次は、こちらから行く」
……何とか切り抜けた。
あとは何一つ喋らずにやり過ごしてくれた皆の感情を代弁するだけだ。
「ハクレイ、今後同じ真似をしたら許さない。次は必ず後悔させる」
「フ……ギャングめ」
「じゃーな、ちび」「おもしろ」
ハクレイ達はそう呟いて踵を返す。
桃銀髪男女はおおよそ礼儀に欠ける言動しかしていない。存在価値を疑う。
あとギャングってなんだよ…。
ハクレイチームの方がギャングじゃないか。
「……そっちこそギャングです!」
我慢できず、背中に向かって叫んでやった。
「アテラ、子供みたい。……いや、子供だったね」
そのリーネの一言で、皆の表情が緩む。
「名演技だったね。最後は笑いそうになったけれど」
「さすがリーダーです」
チターナには交渉が演技に見えたらしい。
本心だと知られたら私はどうなるのだろうか。
少し不安になった。
「な、なあ……誰かメイを背負ってくれない? 増強はかけるから」
ムイの顔は真っ赤だった。
こういう時はシャイなんだ。




