46.王手
しばらく進み、月明かりにより無機質な建物の輪郭がとらえられる。
林の途切れ目で見える黄昏棟の壁面、ひとまず崩壊はしていない。
そして私の背中のクモは、相変わらず『助けて』の感情を共有してきている。
さらに進むと木隠れの間から覗く松明。
その数が敵の人数だとしても2,30。
「敵勢が…おかしい…」
一足先にいるムイから適当そうな呟きを聞く。
しかしその意味は、目の前に映る景色として私にありありと理解させた。
「100人…はいるな…。」
メイが言う。間違っている。これは150人を超えている。
黒風はデュナメイオン総勢から割っても120名前後であるはず。
この数はさすがに想定外だった。
私は動じない。そう暗示をかける。
「敵の人数は関係ありません。ハクレイの特定と隔離をお願いします。」
「アテラ、上手く行かなかったら約束守ってね。」
やや軽快なトーンでそれを言うリーネは、敗北のデメリットを克服しているようだ。
メイがリーネとチターナに増強をかける。
今回は出番の少ないメイ。デュナミスを大盤振る舞いして脚腰を金々に強化する。
「メイの増強はこんなにもつよいのか。」
そう言ったムイのほうがスコアはマイナス、つまりムイの法定属が希少種とみてよいのかもしれない。
「メイ、ムイの両腕も強化して出発と同時に上方に投石をお願いします。引斥も組み合わせて方角をカムフラージュすることを忘れずに。」
2人は言った通りそれぞれに増強をかける。
間もなくリーネとチターナが出発した。
ムイはウイをおろしてメイが投石する。上空へ行く前に葉をかすめる音がした。
夜風で林が揺れていて助かった。
風の葉音がなければここで詰んでいただろう。
それぞれ一掴みで5,6個の石を投げる。
メイの投石は目視が困難なほどに高く飛んでいた。
これで引斥が届くのか…。
一方ムイはそのアクティブな性格に反して投擲が弱い。
これでは放物線を視認される可能性がある。
「ムイ、もう少し高く投げれませんか。」
「実は遠投苦手なんだよなあ」
今それを言うのかムイ…。
仕方ない。他のことをしてもらおう。
「法定で大群に対抗する手段はありますか?」
「ウイが起きていれば広域で不可侵ルールを作れるよ。」
「相手の戦意を大きく削ぐようなものはないですか?」
「例えば?」
「身近にいる人を安全にしないといけないとか…」
「あーそれは面白いな。広域範囲の最も大切な人を範囲外に運ばなければならない。ならできる。」
強制参加ミニゲームみたいなものを作れてしまうようだ。
「その縛りを破ったら?」
「ルールによる。守りにくいルールは罰則が軽い。1日スコア-30するとかかな。
きわめて簡単に守れるルールならば数時間動けなくすることもできる。」
メイが投石する中でムイと会話していると、次第に黒風のほうがざわめきはじめる。
「投石の方向じゃない。チターナ達が見つかってしまったか。」
「だろうな。」
この早さで見つかるとなるとハクレイ発見の勝算は薄い。降参するべきなのか…。
その時、銀髪の男が吹き飛ばされてきた。
「なっ…」
銀髪の男は私達をみて声を漏らす。
私は立ち上がるその銀髪の男にすぐデュナミスをかけてムイと同じ姿に変えさせた。
周囲に白いもやが立ち込めたが、ハクレイがとばされた際の砂埃にもみえる。
「ん?え?」
驚いたのは真ムイのほう。ハクレイは恐らくまだ自分がウイの姿であることに気づいていない。
そしてこれで黒風は、ウイのようなデュナミスがない限りハクレイがどこかわからないはずだ。
「『お二人共』私が聞くまで絶対に黙っててくださいね。しゃべったらメイがただじゃ済ませません。」
「…」
メイは黙っている。私のデュナミスを教えなかったことは不誠実だったかもしれないが、チーム内の信頼が十分でない限りは教えるリスクを飲めなかった。
そして今回の作戦はやむを得ない。この不誠実がどう出るかは、これまでの私への信用度が試される。
外の声が大きくなってゆく。こちらの林は視認できない位置であってくれ。
メイは私に合わせてくれて、二人の首元を掴む。
今この瞬間にもハクレイは何のデュナミスを使ってくるかわからないのでこれは助かる。
「さて、ハクレイさん。今回の企てはあなたの仕業だと分かっています。そしてあなたを無効化すれば終わることも。」
「ほう、それはどうかな。」
「えーとこれはどうすればいい?」
真のムイがどちらかなんて話し方でわかる。ここは放置する。
「黒風の主力を一度打ち負かせた我々は今や投資先として絶大な注目を受けています。」
そこで1つ提案です。私のチームとスワップ条約をしませんか。」
第一プログラムはまず、『優秀な投資先』となることが最も高い成果を得られる方法だろう。
でもそれを勝ち得るのは一握り。大多数は『優秀な投資家』になることで成果を得るように動くと思われる。
投資の集まる先を見極めようとする人々が、悪名高い我々2チームが結託したと知れば投資先はこの2チームに集中することだろう。
「なかなかに興味深いことを言うね。」
「残り5つのプログラムの戦略は考えていますか。デュナメイオンは人材の選別を目的とし、時には裏切りを促している。利害一致の結託こそが最大の信用形態と思いませんか。」
我ながら悪の殆どはメイラ先生の受け売りだ。メイとムイが変な行動を起こさないぎりぎりのラインを狙わなくては。
「ここにいるムイは法定属です。アテラチームへの投資および我々の投資を全てハクレイチームへ促す代わりにハクレイチームも同じ行動をとる契約を願いたいです。これで双方の支持者が入れ替わり、明日には他の追従を許さぬ2トップの構図が完成するでしょう。」
「そうだな。わかっている。」
ハクレイが頷く。そしてメイがハクレイの首から手を放す。
メイまだはやい。
そう思った時には、メイが私の頭を掴んでいた。
「う…あ…」
メイの手に頭を潰すかのごとく掴まれている。これはハクレイにやられた…。
ムイは動こうとするが首を絞められて声もあげられない。
「お前は交渉の主導権が自分にあると勘違いしているようだな。」
「はい…、今も…です。」
最後の最後まで客観性を失うな。苦しくて思い出せないけれど多分これはお母さんの言葉だ。
「ちゅ、中齢に…勝てます…か?」
私の一挙一動に応じてメイの鷲掴みが緩んだり食い込んだりしている。
これは動揺を煽っているな。つまりハクレイにも余裕がないということだ。
「ハクレイ、貴方は中齢の怪物達にも勝る戦略がありますか?」
緩んだタイミングで言い切った。
しかし再び強い把握がくる。
「話してみろ。」
ハクレイがそういうと緩む。
痛みを除けばこちらの流れがきている。
「我々にはデュナミスを観測する手段があります。。貴方は-199です。中齢には同等の能力者が多数おり、私はそれに打ち勝つ戦術を知っています。
それにはハクレイ達との協力体制が必要です。」
「まあいいだろう。お前たちは俺を殺すことはできんからな。」
そう、結局殺せば追放なのだから殺害そのものが目的でない限りは、最後は和解するしかない。お互いにな。
ハクレイは私の頭を離す。ムイの首からも手を離す。
「ムイ、先ほど言った内容の合意書を作成できますか。」
「まじかよ…。アテラ最低な奴だぜ。」
「何とでも言ってください。私が欲しいのは勝利なのですから。」
ムイの最低という言葉は演技なのか本音なのかわからない。しかし私は演技を貫く。
ムイが合意書を書いている間メイはコントロール下で周囲の監視をしていた。
視界の共有すらもできるということなのか。
「ハクレイ、黄昏棟を攻め立てる者達を撤退させることは可能ですか。このままだと赤誠と黄昏の連合が黒風と激突することになります」
我々がここにいる以上、これは赤誠の知るところなのだから自然に聞こえる嘘だ。通じてほしい。
「いいだろう。」
よし。これでムイが変な行動をとる可能性を極小にできた。
「だが1つ条件だ、こいつは人質としていただいておくことにする。」
ハクレイはメイの肩に手を乗せる。
え…
ってかこれ、メイ・ゲットだ…。
…じゃなくて、メイを取られたらみんなが黙っちゃいない。どうする。
「NOとは言いませんが、メイは私の大事な仲間です。
我々初齢層において現在、チームアテラが最有力投資先でしょう。
契約が果たされてチームハクレイが1位となることが明白な時、メイを返すと約束してください。」
「ああ、約束しよう。」
ハクレイはすんなりYESを返す。やはり彼は勝つことが第一の目的とみてよいだろう。
「渡しちゃうのかよアテラ…」
「はい、これは避けられない選択と受け取りました。」
「メイが何されるか…俺じゃだめかな?」
ムイ…いいやつじゃないか、それに比べて私はしっかりと悪だよ…。
「ハクレイ、交渉の余地はありますか。」
「ない。お前たちの中で最強の戦力がこいつなのは分かっているからな。
だが何もしないと誓おう。
アテラ、お前はガキの割に物分かりが良すぎる。その保険だと認識しろ。」
冷静すぎるのが裏目に出たのか…。
「ムイ、メイ、申し訳ありません。」
「…謝れるほどの仲か。」
あ、しまった。しかし主従リンクは発動しなかった。
ムイは、苦虫を噛み潰したような顔で合意書を渡す。
それに私はサインする。
ハクレイは当然のように偽装を確認してサインする。
私はムイの姿をしたハクレイを元に戻した。
「この女を返す前にアテラ、お前の3層制覇のビジョンを話してもらうぞ。」
ハクレイはそういうと、メイにデュナミスを使わせて俊足で消え去っていった。




