43.三つの手紙
反省会の議題が一通り終わるころ、気づけばウイがうとうとしていた。
「おーい、終わったぞー」
ムイがウイを揺すって起こす。私も眠気がじわりと来ていた。
「アテラも寝る時間だよ。私たちは女子トークでもしておくから」
先日の食事のときと同じ流れだ。私とウイが先に寝て、残りのメンバーが少し起きている。
いったん寝室に戻る。そういえばシャワーを浴びていなかった。
ウイを先にシャワーへ行かせる段取りを考えていた、その時。寝室の脇に置いたままの封筒が目に入った。
ノアテラから渡された三枚の手紙だ。完全に忘れていた。
『ついたら見て』と言っていたのに、一日遅れだ。ごめん。
私はまず、ナークの手紙から開いた。
ナークの手紙
エンニへ。
パパの力不足のせいで、一緒に暮らせなくて申し訳ない。
パパとママは、実は絶滅に瀕している犬族の生き残りなんだ。
それによりポリコレスコアという数値が多く与えられていて、何もしなくても最低限の暮らしが保証されている。
しかしスコアが高すぎると、保護観察下の生活になってしまう。
その際、エンニは猫族だから別々の保護観察になってしまう。得体のしれない観察員に"飼育"されるのは、エンニにとって不幸だと思う。
だからナイテルに頼んだ。
ナイテルは犬族の歴史を深く知っていて、俺たちがエンニを育てようとした理由も理解してくれている。
エンニがナイテルの家に迷い込んだ話も聞いた。俺の知らないエンニの特徴をよく知っていた。だからエンニのためを思う気持ちは本物だと感じたんだ。
(中略)
ナイテルと一緒にデュナトス試験の勉強を始めたそうだな。
うちの子がデュナトスになるなんて、本当に誇らしい。
冒険心の強いエンニだ。危ないこともするだろうが、無理せず健康でいてくれたらうれしい。
大切な我が子へ。ナークより。
(親愛なるナイテル、エンニに読んでやってほしい。)
予想に反して、ナークの文章は優しかった。
純真な感情が真正面からぶつかってきて、温かさと心苦しさで胸が詰まる。
私はそれをぐっと抑え、情報として整理した。
この世界では、ポリコレスコアが高すぎる――つまりハンディキャップが多すぎると、保護される代わりに自由を失う。
逆にスコアがマイナスでも権利を失う、と本には書いてあった。
要するに権利、殊『基本権』というのは、社会が“ちょうどいい範囲”だと認める帯域の中にいる者にだけ与えられるものなのだろう。
範囲から大きく外れると、『基本権』という概念そのものに収められない。
恣意的な理想を作り、範囲の外を処理する――そのやり口は前世と何も変わらない。
そしてこのシステムを作った者は、結局マジョリティ内での勢力優位を目指しているだけで、真にマイノリティを救う気などないのだろう。
次に、ノアテラの手紙を開いた。
ノアテラの手紙
アテラ、無事についた?
認定試験は、正直もう1年かかると思っていたよ。
メイラ先生の熱の入りようがすごくて、合格が現実じみた時にはもうテスト前。心の準備があまりできなかったけど、夢に近づけて本当によかった。
まだ長く生きていないアテラが、こんな困難に立ち向かうことになったのはとても不安。
でも、アテラなら何とかなると思う自分もいる。
(中略)
保護者という立場でありながら、アテラに恋々コネクトをしてしまったことはうかつだった。
ごめんなさい。
私がアテラを好きになってしまった理由を伝えておかないといけないと思う。
25年前、私がデュナトスになった時には、いまよりずっと国が重要視されていた。
でもヘイトスコアシステム、均衡安全システムなど、大戦争を防ぐ仕組みの維持で国家は多くのデュナトスを運用していて、ポリコレ風潮やマイノリティ運動の整備に目がいかなかった。
それらを経済と両立して整えたのが企業で、次第に企業が力を握るようになっていった。
国家の没落に飲まれていくとき、メイラ先生が活躍先を紹介してくれた。
その活躍先にいて手引きしてくれた者が、メイラ先生の弟子。弟子の中でも群を抜いて優秀とされていた者で、名をスピリエというの。
スピリエは、いつも冷静で動じない精神力と、難事を奇抜なアイデアで乗り越える発想力を持っていた。
完璧で冷徹なのに、ところどころで冷徹さが情に負けてしまう優しさもあった。
私はその優しさに当てられて、スピリエを好きになってしまい、結果的に彼を陥れてしまった。
アテラに初めて会った時は、猫族に恨みを持つ犬族から救いたい気持ちだけだった。
でも、観察して話すうちに、アテラは普通の猫族の子じゃないと気づいた。
ナークとの関係の作り方、私の家で読んでいた本の種類、表情の癖、異常なデュナミススコア――
それらをよく知っていくうちに、アテラをスピリエに重ねてしまった。
決して叶わない片想いを、手の届きそうなアテラに向けてしまった。ごめんなさい。
今後は、おばあちゃん、いやお姉ちゃんとしてアテラを大事にするから、嫌いにならないでね。
良いデュナミスが見つかるといいね。
ノアテラの手紙は、読み込もうとするとまだ心が痛む。私はできるだけ流し読みした。
スピリエ。
メイラ先生が「似ている」とか「似ていない」とか言っていた存在。
才能が群を抜いていて、企業興隆期から認定企業側にいた人間。
ならば、寡占企業の幹部にでもなっているのかもしれない。
そうなると、私の目標になる存在だ。
最後に、メイラ先生の手紙を読む。
メイラ先生の手紙
お疲れさん。
私はデュナメイオンについて多くの情報を持っている。
その中でアテラに使えそうな情報をいくつか紹介する。
まず、教育プログラムの目的はデュナミスの開発だけではない。主たるは人材の選別だ。
プログラム攻略や監査員の視線は、その前提で考えろ。
次はチーム。
信用でき、かつ、見捨てられる仲間と組め。
年々、裏切りを意識させるようなプログラムが増えている。窮地の助け合いが美徳などと勘違いすると、いざという時に互いが足を引っ張る。
あとは飯。棟で配給があると思うが、どの棟でも最低限は必ずある。つまり食うには困らない。そこに時間を使うな。
年齢層分けは隔離のためではない。
別の年齢層も、さほど遠くないところで繋がっている。この事実は覚えておけ。
最後に。
試験結果が返ってきた日から、先生とノアの涙ぐましい努力で重ね続けた変化のデュナミスだが、500回は維持しろ。
認定試験の実技をパスした者達は、最悪の場合、私と同等以上の潜在デュナミスを持つ。
本気の一撃ならば300枚は破壊されることを想定しておけ。
お前は非力さに加えて、変化を切らせたら負けというハンデも背負っている。ゆめゆめ忘れるなよ。
乱暴な文章だった。
……そして、嫌な予感がした。
私は自分の「変化のデュナミス」の重ねがけカウント――太腿の付け根に刻まれた数字を確認する。
『331』
家を出る前は700回を超えていたはずだ。
なのに、なぜ――。




