3.見たい世界
お父様とは、概ねうまくやれていた。
お父様と一緒にいる間は、もともと嫌がっていた離乳食のような食べ物も、好き嫌いせずに食べた。
少し早いが、トイレも自力でできる『成長』を演じ、それをお父様の手柄として印象づけた。
一方で、お母様との関係が悪化しないようにも細心の注意を払った。
物音は極力立てず、機嫌が悪い時は視界に入らない。
逆に機嫌の良い時は、しっかりと抱きしめられに行く。
私が意識を持ったまま、おそらく九か月ほどが過ぎた頃。
ある衝撃的な事実に気づいた。
それは、庭先での出来事だった。
二足歩行を会得した私エンニは親の庇護下という牢を破り、その一足早い発育ぶりに両親を驚かせた。という一連の芝居をうち、外に出てみた。
まず、これまで窓越しに見ていた外の景色。
あれは、完全なカムフラージュだった。
犬がたくさんいる集落だと思っていた場所は、実際には猫だらけだった。
そういえば、乳母たちも皆、猫だった。
家はわずかな高台に建っている。
背の低い一歳児程度の私でも、集落の全体が見えてしまったのだ。
――なんの冗談だろうか。
――これは長い夢で、まだ中学二年生なんじゃないか。
そんなことを本気で考えるほど、胸に懐かしさが込み上げてきた。
だが、衝撃はそこからだった。
西側には、広大な農園が広がっている。
作物は自動で収穫され、加工される区域まである。
そのすぐそばには、氷漬けの洞窟のような施設も見えた。
つまり、この世界では、食うに困る者はいないのかもしれない。
この世界に来た時点で、家電やインターネットのような便利な生活は諦めていた。
だが、そんなものより遥かに面白そうな世界が、目の前に広がっていた。
空を飛ぶ生き物。
神話にしか出てこなさそうな奇妙な存在。
そして、何より私を驚かせたのは――超能力のような光景だった。
猫型の人が、別の猫型の人を、触れもせずに宙へ浮かせている。
幻覚ではない。はっきりと見えた。
ああなんてこと、この世界は可能性に満ち溢れている…!
私は小説の台詞のような文句が脳裏に浮かんだ。
その勢いで高鳴る胸に自身が振り回されないよう、自分の心へ冷や水をかける。
そう、この家がこの光景を見せない理由だ。それを必死に考えた。
そこで辿り着いた理由はこうだ。
犬はマイノリティで猫がマジョリティ。マイノリティが強く生きるには自分達がマイノリティでない可能性を描ける空想が必要なのだと。
私は前世でお母さんに連れられて、一度だけ異国へ旅行に行ったことがある。
そこで、周りが自国人と異なる顔しかいない状況となった時、言葉で言い表せない不安に苛まれたものだった。
そして自国人に出会った時、その不安が大きな安心に変わったことを覚えている。
私は本や学校で学習し、異なる顔が無害であることは百も理解していた。にもかかわらずの結果だった。
きっと本能的に、外観の相違というものが心に強く影響してしまうのだろう。
学習機会の少ない家庭ならばなおさらその傾向が強いとも考えられる。
私は、まだ外を知ってはならない。
なぜなら、マイノリティ環境にいるお父様とお母様が、
マジョリティ側である私を、半年もの間、外に出さなかったのだから。
そう結論づけた。
外出した痕跡を消し、何事もなかったかのように日常へ戻る。
だが、あの光景を知ってしまった今、家の中の不自然さが気になって仕方がない。
なぜ、あれほど異能と便利に満ちた世界で、この家だけが中世なのか。
丘の上に建つ、決して目立たないわけでもない家。
隠れて暮らしている様子もない。
これまで、お父様もお母様も、何らかの能力を使うところを一度も見ていない。
なぜ能力が使えない。
なぜここだけ犬なのか。
なぜ便利を捨てている。
なぜ殺した。
なぜ――。
疑問は次々と浮かび、
この不安と好奇心に、果たして耐えられるのかと自問する。
それからというもの私は、日に日に赤ん坊を演じることが辛くなり、
脱走について、本格的に考え始めるようになったのだった。




