33.教育プログラム
次の日、目を覚まして共同部屋へ行くと、食欲をそそる匂いが立ちこめていた。
「お、アテラ起きたか」
「おはよ」「おはよー」
半開きの目で周囲を見渡すと、ウイ以外の全員がすでに起きており、朝食の準備を進めている。
「おはようございます」
「ウイのやつ、アテラより先に寝て、まだ寝てるのか。
やっぱり無族は睡眠が長い。」
そういえば昨夜は遅くまで打ち合わせをしていた。
入浴を交代しながら議論を続け、最初にウイが床についたのは21時頃だったはずだ。
私は22時頃にうとうとしてしまい、危うくチターナに抱えられて連れ帰られそうになったところを、リーネの“幻聴攻撃”で叩き起こされた。
女性陣も決して一枚岩ではない。
結局、ウイは9時頃まで眠り続けていた。
食料計画を話し合い、しばし休憩したのち、時間となる。
正午前に簡単な昼食を済ませ、棟の大広間へ向かった。
広間にはチームごとの集まりができており、赤誠のチームはすでに全て結成されているようだった。
「みなさんこんにちは。初齢層・赤誠の正監督官を務めます、アグリコラです」
場が静まる。
「改めまして、デュナメイオンへようこそ。
プログラム第1は――『投資』です」
ざわり、と空気が揺れる。
「各チームは、デュナメイオン内通貨100デューンを所持しています。
これを10日以内に、他色の“チーム”へ全額投資してください。分割も可能です」
「受け取った投資額と、与えた投資額の合計が最も多いチームが勝者となります。
なお、受け取った投資が20デューンに達すると、食材の調達が可能になります」
「一度与えた投資は戻りません。また、受け取った投資を再投資することもできません」
「投資の決定は、いつでもどこでも可能です。
チームの過半数が『投資する』と5秒以内に宣言した場合、10デューンの投資が確定します。
過半数が具体的な数値を宣言した場合は、その額での投資も可能です」
「投資を多く集めたチームほど、デューン価値は上昇します。
価値は毎朝更新され、確認できます」
「それでは――スタート」
淡々と読み上げられた内容。
由緒ある認定企業の教育としてこんなのでよいのか……。
「いい案がある!」
大きな声を上げたのは、蛇属の四半蛇らしき人物だった。
「全チーム、食材確保のために20デューンは欲しいはずだ!
各色に使者を送り、相互に20デューンずつ投資し合う約束を結ぶんだ!」
確実性のある、悪くない案だ。
騙し合いの余地がある中で、最初の交渉としては優れている。
「いや、慎重に行くべきだ」
別の声が上がる。
「対策せずいけば干渉属で操作される。全額投資させられたら終わりだ」
「なら折衷案だ。干渉対策ができるチームだけが訪問すればいい」
「物量で押される。混成で動いたほうが安全だ」
「本陣が空かないか?」
議論は加速し、収拾がつかなくなっていく。
チーム最適と全体最適、そのバランスは難しい。
「こういう時は少数精鋭だろ」
メイが声を張り上げる。
「赤誠は、全体で動けるほど訓練されてない」
核心を突いた意見だが、もはや誰も止まらない。
「結局、最大の成果を出したチームの意見が通るんだよな」
ムイが、私たちだけに聞こえる声で言った。
周囲はざわめき続けている。
ここで動かなければ、誰かの失敗を待つだけになる。
それなら――
「……あの」
私は一歩前に出た。
「ぼくたちだけで、投資を取りに行きませんか。
成功実績ができれば、その方法論に絞って赤誠がまとまるはずです」
騒然としたままの広間。
だが、この混乱は私たちが抜け出すには都合がいい。
「よーし、アテラに乗った!」
チターナの大声。
「私も……」
リーネが小さく続く。
「よし、今すぐ行こう」
ムイは私を抱き上げ、ウイを引っ張って出口へ向かう。
チターナ、メイ、リーネが続いた。
「あいつら威勢いいな」「おい、勝手な行動は首を絞めるぞ」
背後から忠告とも非難ともつかない声が飛ぶ。
「動かないのは腰抜けだ!」
メイが、振り返りざまに叫び返す。
――どうやら、私たちは問題児らしい。
前世では、出る杭にならないことを選び続けてきた。
だからこそ、この展開がたまらなく楽しい。
失敗の恐れすら、今はスパイスに思える。
「さて、一番近いのは南の青。次に北東の白。どっちにする?」
ムイが話を切り出す。
棟の位置関係は、先日の偵察で把握している。
「……東南東の黄色がいいと思います」
私は、あえて遠方を提案した。
「ほう、理由は?」
「『投資』を強制するデュナミスは、恐らく干渉属と思います。
十分な対策がない相手から投資を得ることは容易です。
簡単ならば攻撃部隊に全振りする色がいてもおかしくありません。」
「そうなると、戦力を集中させやすい隣接地に攻撃が集まります。
遠方は手薄になる」
「それに――黄昏には、知り合いがいます。
交渉は、うまく進められるはずです」
沈黙が流れた。
突飛な提案に聞こえただろう。
赤誠の信用を得るなら、近場に行くという堅実そうな選択も理解できる。
「……私、アテラに投資する」
「私も」
チターナとリーネが続けて表明する。
しかし二人の不安そうな印象はぬぐえない。
最初から全面的な信頼など望んでいない。
今はこれだけで十分だ。結果で示せばいい。
「俺も賛成だ!」
メイが頷く。
それを見たムイは、迷いなく先頭に立った。
この男の即断即決は見ていて気持ちがいい。




