28.ちび得
七日後、ついに出発の日が来た。
認定教育システムのスタッフが迎えに来るため、朝早く出なければならない。
メイラ先生ともノアテラとも、あれからは何事もなかったかのように、普段通りに生活できていた。
――けれど、今日だけは違った。
ノアテラは、泣いていた。
「アテラ……お手紙ちょうだいね。ちゃんと休みには帰ってくるのよ」
そう言って、ノアテラは私に三枚の手紙を手渡した。
まるで、困難を乗り越えるための三枚のお札のようだ。
「これ……一枚は私、一枚はメイラ先生、一枚はナークさんから」
「今、見ていい?」
「だめ。着いてから見て」
「うん」
見てしまって、家に帰りたくなったら嫌だな。
いっそ、ずっと見ないでいようか。
「アテラ、見えてる見えてる」
「あ……」
メイラ先生の“嘘読み”。
今の「うん」は、少し陰りのある返事だったらしい。
「アテラ……?」
ノアテラが、赤く腫れた目のまま、悲しそうにこちらを見る。
「えっと……見たら、帰りたくなったら辛いなって思って」
私の言葉を聞いて、ノアテラはメイラ先生の方を見る。
メイラ先生が小さく頷くと、ノアテラは、少しだけ笑った。
「アテラ、いつでも帰ってらっしゃい。待ってるからね」
「ここに帰っておいで。
私もしばらくはノアと一緒にいる予定だから。料理作ってくれるの、楽だし」
……優しすぎる。
ここに浸り続けたら、きっと私の意志は柔らかく、弱くなってしまう。
私は表情を精悍に保ち、いつもの私を装ってこの場をやり過ごすことにした。
地上に出ると、全身黒ずくめの、認定教育システムのスタッフらしき人物が待っていた。
「お別れは済みましたか。私の手を、強く握ってください」
白い手袋の手が差し出される。
私は振り返り、メイラ先生とノアテラに手を振った。
「鳥の星系、休暇になったら帰っておいで」
「待ってるからね」
白い手袋を掴む。
「では、参ります」
スタッフがそう言うと、周囲に黒煙が立ち上った。
数秒で煙は消え、景色が一変する。
――見渡す限りの野原。
建物は一つもない。
「あと少し歩きます」
スタッフは歩き出す。
「こ、ここがラクシュリナ地方ですか?」
「はい。詳しい位置は秘匿されています」
歩く速度はかなり速い。
私は駆け足で必死についていった。
「少し」と言われたわりに、十分ほど走らされた。
「ま、まだですか……ぜぇ、ぜぇ……」
到着前からこの厳しさ。息が完全に上がっている。
「もう見えていますよ」
スタッフはそう言って、私を抱き上げ、遠くを指差した。
地平線の先に、かすかに見える建物。
あれが合宿施設らしい。
――あと20分は走る距離だ。
「結構、遠いですね……はぁ、はぁ……」
そう言うと、スタッフは私を抱きかかえたまま歩いてくれた。
施設に近づくにつれ、他の方向からもスタッフに連れられた者たちが集まってくるのが見える。
どうやら、全員同じ時間帯らしい。
「あ、下ろしてください」
私だけ抱えられているのは、さすがに目立つ。
スタッフは無言で下ろし、歩調を少し落としてくれた。
門の前に到着する。
『デューナメース認定教育施設 デュナメイオン』
そう刻まれている。
「認定教育システム参加者は、奥の四番棟へお入りください」
どこからか声が聞こえた。
気づけば、先ほどまで一緒だったスタッフの姿はない。
私は流れに従い、四番棟へ向かった。
四番棟は体育館のような巨大な建物で、土足のまま中に入っていく。
内部では、黒服のスタッフたちが誘導していた。
他の者もスタッフも、鳥族、虫族、獣族など種族はさまざまだ。
前世の体育館のように整列、というわけにはいかず、
広い空間にぞろぞろと押し込められていく感覚だった。
次第に人が増え、周囲は混雑してくる。
私の身長では完全に視界の外らしく、容赦なくぶつかられる。
このままでは、前がまったく見えない。
……久しぶりだ、こんな人混み。
そのとき、誰かが私を抱き上げた。
「うわ、こんな小さい子もいるんだね」
蛾のような、ふわっとした触覚を持つ、四半虫族らしき人物だった。
「あ、ありがとうございます」
「見えないでしょ。抱っこしてあげるね」
彼女が高身長のおかげで、一気に視界が開けた。
小さすぎて得したかもしれない。
……私、結構重いと思うけれど。
「名前は?」
「アッティラ・ラシュターナです。アテラって呼んでください」
「お、礼儀正しいね。私はルレウ。ルレウ・シエファだよ。
その年で試験通るなんて、すごい」
「が、がんばりました」
「よしよし」
情報は最小限に。
そして、また頭を撫でられる。
……どこに行っても撫でられるのは、なぜだろう。
「それにしても多いね。アテラ、何人くらいいると思う?」
「1700〜1800人くらいでしょうか」
「そこまで分かるの?すごいね」
外観と密度からの勘だ。
体育館一つで500人、ここはその縦横が倍――だから4倍。そんな計算。
「筆記だけで通った感じ?」
「はい、その通りです」
「やっぱりね。今年の実技、体力系多かったから大変だったよ。私は増強デュナミスで楽できたけど」
増強。
メイラ先生が使える偽証属の増強だろうか。
私を軽々持ち上げるのも、その力か。
そのとき、会場全体にアナウンスが響いた。
「試験を通過された皆さま、本日は遥々お越しいただき、ありがとうございます」
――いよいよ、始まる。




