27.家族
希望票を投函してから六日後、
『認定教育システム合意書兼案内書』という手紙が届いた。
宛名は『アッティラ・ラシュターナ様』。
中には各種免責事項、説明文、合宿施設の案内などが記されていた。
認定教育システム中に発生した事故被害の補償は、定められた内容に基づいて行われること。
不服申し立てや、開示されていない情報の吹聴は禁止されていること。
それらの条項から、この教育が特殊かつ危険な環境であることがはっきりと分かる。
――危険な教育。
望むところだ。
私はノアテラと一緒に内容を確認し、合意欄にサインを入れた。
「アテラ、本当にちゃんと読んだ?」
「うん」
「でも、すごく速かったよ?」
「私、読むの早い」
ノアテラはある一文を指差す。
「ここは大丈夫?
『私は世の模範となる存在であり、一方で模範からかけ離れた存在から目を逸らさず直視し、これを正さなければなりません。従って、暴力、虐め、誹謗などの不可抗力に耐える強さを備えます』」
至って素晴らしい文言じゃないか。
私は丸を二重にした。
「お姉ちゃんも、昔こういう合意書に丸をつけてきたんでしょう?
私は、お姉ちゃんと同じ意思だよ」
「私は……深く考えてなかったから……」
「それなら訂正。
私は、深く考えたうえで合意してる」
またノアテラが泣きそうな顔になる。
前はもっと大人だったじゃないか。
何度か言い合いをしながら、最終的に合意書を投函した。
4蛇の星系1日には、合宿施設のあるラクシュリナ地方へ向かわなければならないらしい。
その夜、メイラ先生が声をかけてきた。
「あまりノアをいじめてやるな。
ああ見えて、弱いところはとことん弱い」
「弱いところは分かっています。
私は、それに流されないよう必死なだけです」
いっそノアテラに嫌われたい。
彼女の感情に、私の判断を揺さぶられたくない。
「そうか。ノア相手に必死か。
天才アテラくんも、底が見えてきたな」
……何を言っているのだろう。
先生にとって私は、まだ二歳にも満たない存在なのに。
「浅い底なんです。
ですから、メイラ先生もか弱い二歳未満の私を、いじめないでください」
「今日は随分ネガティブだな。
アテラの才能は、私が一番買っているつもりだ。
きっとアテラは――」
そこで言葉が止まる。
「……きっと?」
「うん、アテラは精神や頭脳の成長が、異常に早い。
その理由を考えた結果……これは私の仮説だが、
例えば、接した人間の精神年齢を食らうような包含属のデュナミスではないかと思っている」
面白い仮説だ。
考えたこともなかった。
異世界転生による知識だと明かせない以上、
その仮説に乗るのは合理的かもしれない。
「一理あるかもしれません」
「……そういえば、もう一つ言い忘れていた」
「何でしょうか」
「私は、嘘が読める」
――え。
最近はその反応がなかったのに、
ずっと読めていたということ?
「ちなみに今、君がついた嘘も、はっきり読めた」
「嘘を読むデュナミス…ですか。」
「ところどころで君は変な嘘をついている。
それはおいておいて、今なぜ嘘を言ったか教えてくれないか。」
ここにきて、完全に追い詰められた。
ノアテラとメイラ先生は、今の私にとって唯一の家族だ。
だからこそ、私を『正体を信じるかどうか』という土俵に載せてはいけない。
「正直でいたいですが……隠さなければならないこともあります」
「……分かった。
では、私の正体から話そう。それに見合う分だけ、君も打ち明けてくれ」
「先生の……正体?」
「私は本来、獣族ではなく竜族だ。
年齢は70を超えている。
今の姿は、メイラから得たデュナミスコピーだ」
「……狐族だと思っていました」
「『厚化粧』してるからな。
コアは回帰属。人もできるが建築物の修復が主だ。
他に、偽証属、観測属、引斥属、干渉属、肉体強化系の偽証属も使える」
それは、酔った席で聞いた話と一致していた。
「多くのデュナミスを持つと、一つ一つが弱くなるとお姉ちゃんが言っていました」
「その通り。
上位のデュナトスは属またぎを避け、種類も絞る。
例えば、私では嘘を読むだけのこれも、絞った者は深層心理まで感じるそうだ。
……多くは、自分の心を壊してしまったそうだがね」
心を感じすぎて心を壊す──
恐ろしい話だ。
「それは……ノアテラも知っていることですよね?」
「そうだ。
では、ここからはノアに話していないことだ」
なぜ、そこまで私に話し、打ち明けてほしいのだろう。
「かつて私には、ノアを含め七人の弟子がいた。
その中で最も才覚を示したのがスピリエ。
ノアの想い人であり……ノアを一度壊した男だ」
ノアテラの重い話題だ。
…そんなに私を高く買わないでほしい。
「スピリエ……Tier1デュナトスの、ですか」
「そうだ。
そして……君に少し似ている」
「意味が分かりません」
「彼も、いつも何かを隠していた。
だが私は早々に“嘘を読む”ことを教えてしまい、
彼は完全に心を閉ざした。
最後まで、何も打ち明けてはくれなかった」
だから嘘が読めることを隠したのか。
嘘だけを読まれているならば、攻略は簡単だ。
「スピリエは、包含属だったのですか」
「結局、何がコアかすら分からなかった。
そして、精神年齢が実年齢と釣り合っていなかった。
……彼の危険な所業は、遠からず明らかになるだろう」
メイラ先生は、師としての義務なのか、
私が健全に育つよう仕向けているのだろうか。
「さあ、私の話はここまでだ。
話せるだけ、話してみなさい」
――前世の14年間。
家族がいた話をしたら、
この二人との関係が壊れる気がする。
それが、何より怖かった。
「先生は私をスピリエと重ねていますが、きっと違います。
一つ打ち明けるなら……
私の小さな心は、お姉ちゃんの広い心に呑まれそうになっている。
それは、デュナミスではなく」
胸に手を当てる。
「ああ……そういうことか。
アテラがノアを避けて、ノアが悲しんでいた理由は」
「私は、自分のやりたいことを、この感情に邪魔されたくありません」
嘘はつかない。
できる限り、率直に。
しばらく沈黙が続き、
メイラ先生は私の顔をじっと見つめた。
「ククク……ハハハハハ。
やはり、ところどころスピリエに似ているな。
だが――」
笑って、続ける。
「その“似ていない部分”に、心から期待しているよ」
そう言い残し、メイラ先生は部屋を去っていった。
私の精神年齢の正体は、
結局、聞かれないままだった。




