24.合格先払い
午後の二科目が終わった。
地理とポリコレは、ほぼ完璧に近い出来だった。
勉強量の差が、そのまま結果に表れた形だ。
……疲れた。
この詰め詰めの会場には、ざっと見積もっても一万人近い受験生がいる。
だが、デューナメース認定企業の募集人数は、
全企業を合わせても年間1,000人程度と聞いた。
これに実技枠が含まれているから、さらに減る。
かなりの狭き門なのだと思う。
席にノアテラが戻ってくる。
「おつかれさま、アテラ」
「ありがとう、お姉ちゃん。
お姉ちゃんがデュナトスになったときも、こんなに人がいたの?」
「そうねえ。もう二十五年も前だけど、
このドームはあって、今の半分くらいだったかしら。
その頃は、認定企業じゃなくても、
各国の軍や警察、開拓業界とか、
デュナミスを活用した好待遇の組織がたくさんあったのよ」
確かに、近代史の本で見た25年前は、
認定企業が覇権を握る前の時代だった。
デューナメース理事会は存在していたが、
主導権はまだ国家にあった印象が強い。
それが今では、
理事会と認定企業が力を持ち、
国家は相対的に弱体化している――
そんな流れが見えてくる。
ノアテラと並んでドームを出ると、
外の光に一気に視界が明るくなった。
「今日はアテラのために、
先生が美味しい料理を用意してくれるのよ。
先生の料理は、外れがないわ」
「へえ。それは楽しみ」
普段はノアテラが料理をしてくれている。
メイラ先生の料理は、
正直、少し“怖いもの見たさ”もあった。
「アテラくん」
ドームの出口で、メイハーネが声をかけてきた。
「メイハーネさん。
また会いましたね」
私がそう言うと、ノアテラは軽く会釈する。
「えっと……テスト、どうだったかなって」
用意していたような言い方だった。
……もしかして、待っていた?
「上々です。
平均点次第ですが。」
「アタシはいまいち。
実技でカバーしないとかな。
アテラくんも、実技はここで受けるの?」
「私は、デュナミスがまだなので、
実技試験は受けません」
「そう……でも……
デュナミス−220って、どんなデュナミスなのか気になって」
……え?
待って。
私が、マイナス-220?
私は反射的にノアテラの服を引っ張った。
「ああ。
デュナミスみたいな内的スコア要素は、
毎星系末の“センスス”が行われるまでは、
概算でしか見えないの。
ゼロだったのは、アテラが覚醒直後だった頃ね。
デュナミス・コピーは私のものだから、
そこまで大きく変動しない。
となると、
希少なデュナミス・コアか、
総量由来のマイナスか……」
ノアテラが淡々と説明する。
ということは。
主従リンクは、もう切れているのだろう。
「そう……。
デュナミス、見つかるといいね。
その数字だけでも、スカウトが来るかもしれないし。
今日はお疲れさま。またどこかで」
「はい。また」
メイハーネは軽く手を振って去っていき、
私もそれに合わせて手を振った。
「説明は尽くしたけど、
何か隠しているって思われたかな」
「どうして?」
「−220なんて、
普通は必死で調べる数字よ。
あらゆる機関を頼ってでもね。
その数値は、
デュナトスTier2の上位相当だもの。
もちろん、数字がすべてじゃないけど」
嬉しいこと、だろうけれど、
……包含属でなければ、という前提付きだろうなぁ。
「いつから分かってたの?」
「先週期に、メイラ先生が教えてくれたの。
私たちは普段意識しないけど、
こういう人の多い場所では、
みんな“メガネ”で見てるから。
疑われないように気をつけろって。
特に、アテラの年齢偽証ね」
事前に私に言わなかったのは、
勉強に集中させたかったからだろう。
ノアテラらしい。
「長居すると危ないかも。帰ろっか」
「うん」
こうして、ノアテラと一緒に帰路についた。
帰り道も徒歩で一時間ほど。
テストの出来や、出題傾向の話をしながら歩く。
空もとても晴れやかだった。
メイラ先生の家に着くと、
ダイニングは豪華な料理で埋め尽くされていた。
刺身のようなもの、
大きな海老、霜降りの肉、
トルティーヤに似たもの、
スパイスの効いたカレーのようなスープ。
ヌードル、点心、炒め物、煮物、飯類……
もはや満漢全席と言っていい。
この世界で初めて見る、
本気のご馳走だった。
食に疎い私でも、
一品一品が美味しそうなのは分かる。
眺めているだけで、
よだれが垂れてきそうになる。
「さあ、合格祝いだ!
腹の許す限り、貪ろう!」
「先生、まだ合格とは……」
「分かっている。
合格後にも祝えと言われたら困るから、
前払いということでな」
それは合理的だ。
「お姉ちゃん、この料理はなに?」
ノアテラに聞いてみる。
「これはワヒー。
塩と香辛料と油、野菜の煮汁をスープにしたものよ。
とろみは穀物の粉末ね」
やっぱり、匂いと見かけ通りカレーに近い。
メイラ先生とノアテラは、
ワインのようなものを飲み始めた。
……酔ったら、
普段聞けないことを聞くチャンスかもしれない。
私は、
海老、カレー、肉……
とにかく食べた。
生きている実感が、
身体中に広がっていく。
普段、質素な食事ばかりだからこそ、
こういうときの幸福感は倍になる。
本当に、お得だ。
「先生は、デュナトスTierいくつなんですか?」
私が尋ねる。
「Tier2だな。
これ以上は、化物揃いで難しい。
あと、ノアは一時的にTier3まで行ったんだ」
……エリートだ。
デュナトスはTier5まであり、
たとえ最下位でも、
十年務めれば豪邸が建つと言われている。
物価感覚は分からないが、
安定して稼ぐなら、
有名な就職先なのは間違いない。
そして、上位デュナトスの多くは、
認定企業所属だ。
「アテラ。
認定企業に入れたら、私に一杯奢ってね」
「親孝行……いや、姉孝行だねえ」
二人が笑う。
私は、ただ頷いた。
認定企業の強みは、
教育システム、福利厚生、
そして必ずデュナトスになれること。
Tier圏外でも、
一般以上の生活は保証される。
だが――
私の目的は、そんな安定ではない。
安定は吐いて捨てる。
――Tier上位。
世界の仕組みを作っている側の景色を、
知りつくしたい。
……つまり、私は姉不孝者だ。
「お姉ちゃんには健康でいてほしいから、
お酒じゃなくて、
今日みたいな美味しいご飯を奢る」
飲酒には、どうしても良い印象がない。
「よしよし、いい子いい子」
突然、ノアテラが抱きついてきて、
私の頭を撫でる。
……あたたかい。
「ご飯、食べたい」
少し鬱陶しくなって、
抱きつきを振りほどき、
点心に手を伸ばす。
うん、美味しい。
もぐもぐ食べていると、
また抱きつかれる。
撫でられたら振りほどく。
口の中が空になったら振りほどく。
そんなやり取りを、
何度も繰り返すうちに、
いつの間にか、ふざけ合いになっていた。
やがて私は、
食べるときだけ振りほどき、
咀嚼中は自分から寄りかかるようになった。
それでも、ノアテラは変わらず抱きしめてくる。
ノアテラは飽きないのかな。
そういえば、この一か星。
自分から甘えに行ったことは、ほとんどなかった。
ノアテラは、
それを待っていたのかもしれない。
私は、ぎゅっと抱き返した。
「アテラ。
いつでも、甘えていいのよ」
「……お姉ちゃん」
一歳半だ。
甘えたくならない方がおかしい。
主従リンクが切れても、
ノアテラは、
まだ心を開いてもらえていないと感じているのかもしれない。
しかも、
認定企業の教育訓練は合宿制だ。
テスト次第では、
ノアテラと暮らせなくなる。
今のうちに、
ちゃんと甘えておかないと、
彼女が自信をなくしてしまう。
「お姉ちゃん。
ずっと、お姉ちゃんでいてね」
私は、
ノアテラの胸元で、
彼女にだけ聞こえる声でそう言った。
向かいで何か話しているメイラ先生をよそに、
しばらく抱き合う。
……ノアテラは酔うと、こうなるのか。
仕方ないなあ、と思いながら、
私は自然な仕草で顔をうずめた。
このまま、寝てしまおうか。
あたたかい時間が、
静かに流れていく。
「……アテラが、好き」
不意に聞こえたその言葉が、
胸に鋭く刺さる。
……好きが、刺さ…る?
まさか――
恋々コネクト……?




