21.受験生
それから、メイラ先生の家に泊まり込みで世話になることが決まった。
メイラ先生の家は、入口こそ小さいが、地下が広大に広がっている。
私とノアテラには、寝室として空き部屋を一つ与えてもらえた。
他にも、炊事部屋、格納庫、リビング、瞑想部屋、運動部屋、浴場などがそれぞれ独立して存在しており、アーグス家やノアテラの家との経済力の差は一目瞭然だった。
ここまでは「地下」というイメージもあって、
この家にはどこか陰険な印象を抱いていた。
しかし、ある出来事で印象が一変する。
書斎とは別に、図書館のような部屋を見つけたのだ。
私は、その瞬間にメイラ先生への忠誠を誓った。
「メイラ先生、きょうのおべんきょう、おわりました」
うん、やっぱり目上への敬意は大事だ。
言葉もきちんと学び、「言葉ができるようになった子」という体裁を整えておく。
「えらい。アテラは本当にできる子だな。
本を読んで良し」
「わぁい」
さらに意外だったのは、メイラ先生がよく褒めることだ。
前世では、皮肉混じりの称賛を浴びることも多く、
正直『褒め言葉』には飽きていた。
そのため私は、
『わぁい』『やったぁ』『へへへ』
という定型リアクションをローテーションして対応していたのだが、
『いつも本音で褒めるメイラ先生』という印象がプラスに働き、
私の中のメイラ先生評価は上がっていった。
ノアテラはというと、
勉強中は別の部屋にいるものの、
読書の時間になると相変わらずお菓子を作っては話しかけてくる。
「アテラ、今日は何を勉強したの?」
「星系をおぼえたー」
泊まり込みを始めて、だいたい一か星ほど経った。
この世界では「一か月」という単位はなく、
代わりに「一か星」と呼ばれる。
・一日は二十四時間
・一週期は三日
・十週期で一か星
星系の呼び方は以下の通りだ。
1:虫
2:軟
3:魚
4:蛇
5:獣
6:鳥
7:竜
8:異
9:無
九つの星系で一年。
つまり一年は270日になる。
「今は、何の星系かわかる?」
「軟の星系。おもしろーい」
「ふふ。アテラがたくさん勉強してくれるから、
いっぱいお話しできて嬉しいわ」
「うん」
……頼むから、本を読ませてくれ。
壁には張り紙があった。
『3魚の星系・5週期3 入社試験』
つまり3の星の15日目、3月15日みたいなものだ。
入社試験は原則一斉実施で、
3魚・6鳥・9無の星系の中頃、年に三回行われる。
だが、推薦が使えるのは3魚の星系だけ。
――ここで落ちたら、一年待ちだ。
完全に、受験生である。
前世は中学二年で終わっている。
こちらに来てからも、ちょうど一年ほど。
この巡り合わせに、
私のモチベーションは妙に高止まりしていた。
とはいえ、勉強ばかりでもない。
最近は、知識本よりも、
伝記やファンタジーを読むことが増えている。
ファンタジー世界のファンタジー小説。
これは想像力の筋トレだ。
この一か星で読んだ
『むあかの異世界物語』は特に良かった。
完結しないタイプだが、
さまざまな異能が登場し、やりたい放題の世界。
想像力を鍛えるという目的には十分応えてくれた。
私のデュナミス・コアも、
ああいう方向に育ってくれたらいいのにと思う。
そして、今日から読む本がこれ。
『幻想帝国アグダルテ』
─万物は虚無より出でて虚無に帰依するということをご存じだろうか。魂のミオムイームレ丹廟、それは虚無源泉そのものであり、数ある源泉の中でも最高位と言える。実際にミオムイームレ丹廟を得た小国アグダルテは世界を制する帝国にふさわしい力を示した。また、ミオムイームレ丹廟を源泉とするデュナミス属性群は、無限の可能性を忌憚なく発揮し、最後には世界を混沌に導く。今、その一部始終を語ろう─
……あらすじからして、だいぶイカれている。
デュナミスがファンタジー小説にも登場するのは、
それだけこの概念が世界に浸透しているということだろう。
虚無や帰依といった、
どこか仏教的な概念に惹かれ、私はこの本を選んだ。
主人公はウェルア。
最初は何の能力も持たない素朴な少年だったが、
敵国に父を殺されたことでデュナミスに目覚める。
さらに、恋人セーナに振られ、
別のデュナミスにも覚醒する。
この物語では、
『デュナミスを受けて覚醒する』という仕組みではないらしい。
また、デュナミス研究組織が存在し、
腐敗した諸国に対してレジスタンス活動を行っていたとも書かれている。
村の解放を繰り返すうちに勢力は拡大し、
まだ普及していないデュナミスを会得したウェルアの軍は、
ついには十倍の敵軍を打ち破るまでに至る。
できるだろうなぁ…。
こういった異能は、平和な世の利便よりも、
悪を打ち倒す力として使われるほうが、きっと読み手が気持ち良く感じる。
メイラ先生によれば、私のデュナミスは『包含属』。
全9属の中でも『破壊2属』に分類され、
平和な時代には使いづらいタイプらしい。
だが、私はこの世界の危うさと矛盾を知っている。
マジョリティの中の絶対者たち。
その地位を固定するために作られたであろう『縛り』――ポリコレスコア制度。
それを生み出した元凶たちが、
デュナトスの高みに至れば見えてくるかもしれない。
そのとき、
私のデュナミスが『悪を打ち倒す力』として覚醒する――
そんな妄想を膨らませるのが、密かな楽しみとなっていた。




