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17.師の師

荷馬車はガタガタと音を立てて走っている。

舗装された山道を登っていくと、道しるべが見えた。


『農業町ワライス』

『商業町ズクマティ』


来た方がワライス。私の故郷。

これから向かう隣町がズクマティだ。


「もしかしてアテラ、字が読めるの?」


――あ。

そうだった。本は挿絵だけ眺めている設定だった。


どうする。誤魔化すか、今ここで言ってしまうか。


「うん、わかる」


「お利口さんねえ。しゃべるより読めるほうが先なのは珍しいわ。私の言葉も、かなり理解してるみたいだし」


しゃべるより読めるのが先なんて、本当にいるのか。

……第二言語ならありえるか。

この世界の私は第二言語ではないけれど、第二言語の子がいるなら、その枠に紛れられるかもしれない。


「アテラ、ほん、わかる」


「わからないことがあったら、おばちゃんに聞いてね。頑張って教えるから」


「うん」


これで、ノアテラが隣にいても挿絵を眺めなくて済む。

文字ばかり見つめる一歳児はどう考えても変だが、免罪符ができた。


ただ、馬車の揺れは読書に向かない。

文字がぶれて、長く続けば目を悪くしそうだ。


「……アテラに、少し言いたいことがあって」


「うん」


嫌な予感がする。


「今ね、おばちゃんは、アテラの言うとおりにしないといけないの」


「うん」


「だから、もしアテラが『おばあちゃん、あっち行って』って言ったら、本当に行っちゃうの」


「あっちいくの、やだー」


「そう。だから言わないように気をつけてほしいな。おばちゃんも、言われないように気をつけるから」


……その話か。


「それから……おばちゃん、アテラに嘘をつかせて危ないことをさせちゃった。

 でも、アテラがおばちゃんのこと、もっと好きになったら……赦してほしいの」


「わかったー」


ノアテラは、私の事故的な命令を恐れているだけなのか。

それとも、別の意図があるのか。


もし何か企んでいたら、赦さないほうがいい。

そう思ってしまう自分の心が、少し汚い気もする。


――お母さんが言っていた。


『理不尽だけれど、穢れなき心から穢れた心が、

 穢れた心から穢れなき心が生まれるのよ』


当時は意味が分からなかった。

でも今なら、少しだけ腑に落ちる。


ノアテラが本当に善意なら、そこに付け入る私が穢れている。

ノアテラがもし穢れているなら、疑って抑えようとする私は穢れない側になる。


確かめようはない。

きっと、お母さんは『疑うことが善意に織り込まれる』と言いたかったのだろう。


出発から一時間ほど山道を登り続け、丘を越えて下りに入った。

さらに一時間ほど進んだ頃だろうか。ズクマティらしき町が見えてきた。


平地に広がる街並みは、もはや町というより都市に近い。

ワライスが山を切り拓いただけの農園集落だとすれば、ズクマティは住宅が密集し、局所的に大きな娯楽施設のようなものまである。


これだけ密集できるなら、

デュナミスを利用した電気代替のインフラのようなものがあるのかもしれない。


「どう? 隣町は大きいでしょ?」


「おっきいねー」


「本当は一緒に街を回りたいけど、先生との予約を入れちゃったから急ぐね」


荷馬車はマーケットの大通りへ入った。

歩行者と馬車が入り乱れる幹線道路に店が並び、印象としては近代的な商業地区だ。


汽車のようなものは見当たらない。

ただ、ときどき空を飛ぶ者と、それに運ばれる者がいる。


売り物も豊富だった。

食材、惣菜、服、靴、アクセサリー、酒のようなもの、本、機械。

デュナミスが絡んでいそうな工作物や、用途不明の置物。

飲食店、ゲーム店、傭兵の斡旋所のような場所まである。


これらがほとんどデュナトスによって回っているとしたら、凄まじい社会だ。


……いや。

ノアテラは"農業は限られたデュナトスが担っている"と言っていた。

この社会参加の規模を見ると、生活必需品だけはデュナトスが計画的に回し、それ以外は自由経済――そんな構造なのかもしれない。


そして、街を歩くのは動物人間ばかりだった。

鳥族、虫族、獣族……予備知識で得た種族が、当たり前に存在して動いている。


……やはり、純粋な人間はほとんどいないように見える。


「あちらの関所で支払いを済ませれば、すぐミアウォートよ。

 また戻ってきたら、一緒にお買い物しようね」


「はーい」


ノアテラは行動を丁寧に説明してくれる。

その口調はあたたかく、まるで母親が子を連れているみたいだ。


そのあたたかさが心地よくて、

もし都合よく“流ちょうにしゃべるデュナミス”でもあれば、

演技でデュナミスコピーということにして、もっと会話したいと思ってしまう。


……そういえば。

私の『本当のデュナミス』は、何なのだろう。


「おばあちゃん、アテラのでゅなみすは、なーに?」


「それは、わからないの。

 使えるイメージになったときに出るもので、一生発現しない人もいるのよね」


「アテラ、つかうー」


「そうねえ。先生なら、何か当たりをつけて見つけてくれるかも」


先生……。

もし特別にすごい人だったら、私の正体がばれるのではないか。

思考を読むデュナミスなんてあったら、危険すぎる。


考えているうちに、ノアテラは関所で支払いを済ませた。


馬車は『転移専門 アスパ・バラ』という看板の敷地へ入り、広間で順番に並んだ。

待っていると、受付のような者が来て、ノアテラとやり取りを始める。


「ミアウォート。22.568、12.996。通常でお願いします」


ノアテラが数字を告げると、受付はメモを取り、

複写伝票のような紙を破って切符を渡した。


……あの数字は何だ。住所? それともパスワード?


やがて順番が来る。

前方に伸びる七本の細い道のうち一本へ、馬車が進み出した。


道幅がやけに狭い。

私は思わず両側の路肩に視線を固定する。


落ちそうだ。

馬車がもう少し幅広かったら、どうなるんだ――。


……と思った、その瞬間。


ふと気づくと、周りの景色が変わっていた。

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