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16.一歳の旅立ち

次の日の朝。


本来であれば"1, 2, 3"の"1"――

つまり、"与える日"になるはずの日だった。


私は、お父様とほぼ同時に目を覚ました。


「エンニ、おはよう」


「おはよ」


あたたかいミルク。

少し臭みのあるミルク。


この家で過ごした日々は、特別意識することもなかった。

けれど、これが最後だと思うと、

そのすべてが名残惜しく感じられる。


「エンニ。パパは、エンニと一緒にいる時間が好きだったよ」


「ナー……」


「毎日会うことは叶わないが、

 一年に一度くらいなら、会うことは許されている」


「……」


「お兄さんには絵手紙もお願いして、

 エンニが大きくなるところを見せてもらって……

 またスコアが下がったら……パパは……

 エンニを、迎えに来るからな」


「……うん」


「エンニは食べ物にあまりこだわらないが、

 ちゃんと食べるんだぞ。

 食べて、もっと大きくなって……

 エンニが、見たい……んだ」


「……うん」


「おしゃべりが上手になったら、

 エンニの夢とか、やりたいこととか、

 なんでも知りたい。

 もう少し成長し……たら、話せたら……な」


「……うん」


お父様の惜別の言葉は、いつもより多弁だった。

そして、そのすべての語尾が震えている。


何度も声をかけ、

そのたびに声を震わせる。


そんな時間が、とても嬉しくて、

胸の奥からあたたかい気持ちが湧き上がってくる。


それなのに、

あまりにも毎回きれいに震える語尾が続くものだから、

涙が出るより先に、少し笑ってしまった。


やがて、ノアテラの家の前に着く。


家の前には、男の姿のノアテラが待っていた。


「ナイテル。ミアウォートへ行くんだってな。

 不便をかけるが、仕送りはさせてもらう。

 お前の願いも、必ず叶える。

 どうか、エンニを頼む」


「任せてくれ。

 ナークも、無理な頼みを聞かせてしまうが、よろしく頼む」


「それでは」


驚くほど、シンプルなやり取りだ。

これが、男同士の信頼関係なのだろうか。


お父様は、そのまま颯爽と立ち去るかと思いきや、

何度も振り返って、私を見ていた。


私は、一歳児らしく「よく分かっていない」顔を装い、

笑顔で手を振った。


お父様の姿が見えなくなってから、

ノアテラが声をかけてくる。


「エンニちゃん。パパと、ちゃんとさよならできた?」


「うん。もう、ほとんど会えないって」


「そうだね……悲しい?」


「うん。でも、おばあちゃんがいるから」


私は、自分にデュナミスをかけた。


家の横には、荷馬車が置かれている。

ノアテラは家に戻ることなく、

そのまま出発するつもりのようだった。


行動が早いのはいい。

でも……あの書斎は、惜しい。


「おばあちゃん、まって。ほん、ほしいなー」


「そうねえ。少し、持っていこうかしら」


私はノアテラと一緒に書斎に入り、

目についた本を20冊ほど選んだ。


――だが、この身体では三冊が限界だ。

デュナミスで少し大きくなっても、

筋力は変わらないらしい。


前世の私は、運動で困ることはほとんどなかった。


だが、

"力がない"、"身体が小さい"というハンディキャップは、

持つ者が想像する以上に大きい。


そう考えると、

女性でポリコレスコアが70も加算されるなら、

筋肉量にもスコアがあっていい気がする。


ふと、私はいつもポケットに入れている

ポリコレメガネをかけ、男姿のノアテラを見た。


『40』


【種族 30】

【年齢 0】

【性別 25】

【身体機能 0】

【精神 5】

【外観 0】

【デュナミス -20】


……性別が、反映されている。


次に、鏡越しに自分を見る。


『220』


【種族 30】

【年齢 150】

【性別 40】

【身体機能 0】

【精神 0】

【デュナミス 0】


この性別の数字差は、なんだろう。


「この鏡、必要だったわ。アテラ、ありがとう」


ノアテラは、縦長の鏡に布をかけ、持ち上げた。


「かがみ?」


「そう。ポリコレスコアが見える鏡よ。

 普通の反射鏡じゃ、見えないの」


つまり、

ポリコレスコアの確認には、

特殊な鏡か、実像を見る必要がある。


私は、勢いよく聞いた。


「おばあちゃんが25、わたしが40は、なーに?」


「えっと……性別ね。


 一貫して男の子か、女の子か。

 身体は女の子で、心は男の子なのか。

 認識されたい性別はどちらか――

 そういう結果の数字よ」


……意味が分からない。

LGBTが分かると言いたいのだろうか。


「アテラは、なーに?」


「40なら……

 『身体は男の子』

 『心は女の子』

 『認識されたいのは女の子』ね」


少し、感動した。


メガネで覗くだけで、そこまで分かるとは。

とはいえ、一歳児に『認識されたい性別』なんて、

普通は分からない。


「わかったー。

 おばあちゃんは、なーに?」


「私はね……

 『身体は男の子』

 『心は女の子』

 『認識されたいのは男の子』」


以前、ノアテラの性別スコアは70だったはず。


私との差から考えると、

"女と認識されたい"は加算15。


つまり――

"認識されたい"というだけで優位に立てるのは、

この世界でも同じ。

しかも、それを自由に変えられる。


ちなみに、

最近こっそりポリコレメガネで見たお父様は、

性別スコアが『0』だった。


ということは――

身体が女で30、

心が女で25、

認識されたいが女で15。


年齢とは別枠。

"女の子"ではなく、"女"であるかどうか。


「へー」


私はそう言いながら、

本17冊と鏡を抱えたノアテラの後についていく。


デュナミス変身がスコアに反映されるなら、

認定企業の"五歳未満制限"を越えたあとも、

どうにかなるかもしれない。


すぐにバレて破綻、

ということはなさそうで安心した。


私は持ち出した書物の中から、

『デューナメース認定企業』をぎゅっと抱え、

荷馬車に乗り込んだ。

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