12.主従
お父様とお母様は、いつものように出かけていった。
お父様は玄関から外に出る際、私に向かってウィンクをする。
恐らく、ノアテラと会うのを楽しみにしているエンニへの配慮なのだろう。
いつものようにノアテラの家をノックすると、そこにいたのは例の中年の男性だった。
「おばあちゃん、きたよー」
私はとりあえず、何もなかったふりをする。
ここで変に切り出して、読書の時間を削られたくなかった。
「いらっしゃい」
中年の男の姿をしたノアテラは、いい声で笑いながら迎え入れてくる。
私はスタスタと書斎へ向かい、ノアテラはその後をついてきた。
「エンニちゃん、何か聞きたいことはない?」
……なめている。
この姿でこの質問をするということは、十中八九、私がお父様に叱られたことを知っている。
「なーに?」
私はそう返し、冷静に本を開いた。
同時に、ノアテラへのささやかな復讐ができないか考える時間を確保する。
「パパに、私のこと聞かれたでしょう。エンニちゃん、なんて言ったの?」
「おばあちゃんって言った」
「そう……おばちゃん、エンニちゃんのパパに、この姿で会ってて……」
だろうな。うっかりしたのかわざとやったのか、話はそれからだ。
「……」
私は何も言わず、本に視線を落とす。
タイトルは『種族の寿命とポリコレスコア』。
相変わらず、この書斎の蔵書の質には感心する。
「おばちゃんね、エンニちゃんと仲良くなりたくて。
この前、若くなったら怖がられちゃったから……」
……まず謝るという発想はないのだろうか。
それとも、この世界では謝ると死神でも来る迷信があるのか。
――獣族。平均寿命67歳。ただし獣割合に依存する。
半獣はおよそマイナス10年、四半獣はプラス10年。
これは老化時の消化器官性能差によるものと考えられる。
へえ、お父様とお母様の寿命は57歳くらい。
ノアテラは77歳前後か。
では、今のノアテラは何歳なのだろう。
やはり、あの40代くらいの若い姿が本当の姿なのか。
「……おばちゃんのこと、嫌いになった?」
空気が変わった。
ノアテラの、いつもの余裕が消えている。
「おばあちゃん、教えてくれなかったもん」
「そうね……教えるべきだったわ。
怖がらせたくなくて、そのまま行ってしまって……」
多分、謝ったら何かが起きる。
さっきからの言動を見ていると、そういう仕組みなのだろう。
「おばあちゃん、好きだよ」
私は唐突にノアテラへ抱きついた。
さっさとこの場を収めて、謝罪のデメリットを調べたい。
「エンニちゃん、優しいね。ありがとう」
ノアテラも抱きしめ返してくる。
私が大きければ、この状態で本を探せたのに、胸の中では何も見えない。
……そうだ。
大きくなれるか、試してみよう。
私は以前教わったデュナミスを使う。
集中。集中。
自分が巨人になるイメージを――
「……エンニちゃん?」
白いもやが、私の周囲に広がる。
やがて霧が引き、ノアテラの胸越しに、自身の身体が膨張していく感覚が伝わってきた。
いけそう……いける……!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「すごい! エンニちゃん、できてるよ!」
――いや、できていない。
このサイズ、せいぜい五、六歳だ。
振り返って鏡を見ると、やはりそれくらいの男の子だった。
この前、ノアテラにかけられた変化のデュナミスは五歳……。
「私より上手よ。エンニちゃんの身体だと、それくらいが限界ね」
元の身体から、大きくは変われないのか。
大人になって脱走、というのは無理そうだ。
「できたよー!」
私も素直に喜びを表現する。
場の雰囲気は一気に明るくなり、ノアテラは安心した様子で、いつものお菓子作りに向かった。
いまだ、急ごう。
謝ると何が起きるのか。
この中から、どう調べる。
私は『種族の寿命とポリコレスコア』の、
竜族・220歳・ポリコレスコアマイナス10といった気になる記述を惜しみつつ本を戻す。
『ポリティカル・コレクトネス・スコア制度Ⅳ
ポリコレバトル法』
本を開く。
……あ。
これ、か。
――ポリコレスコアが上回っている相手に、心からの謝罪の言葉を発することで、主従リンク※が確立する。
本制度は、ポリコレスコア監視システムと同じく、
ヴェルウィザーラ冴河により稼働している。
主従リンクは、ポリコレスコアが同等、逆転、
または高い側が明確に赦さない限り、半永久的に維持される。
※主従リンク──
基本権侵害を除き、決して逆らうことのできない相互関係。
違反一回につきスコアネガティブ100。
Totalマイナス300を下回ると、あらゆる権利を失う。
詳細はスコア権利法を参照。
……やばいものを、知ってしまった。
そう心中呟きながらも、
私の胸の鼓動は恐ろしく高鳴っていた。




