11.そうありたい関係
家に帰ると、お父様はすでに戻っていた。
ノアテラの家に行ったことは、見られていたと思う。
ノアテラが、お父様にどんな説明をしたのか――
もう少し情報を得ておくべきだったかもしれない。
「おかえり、エンニ」
「おかえりー」
「お外に出ちゃだめって、ママが言わなかったか?」
ああ……これは、やばい空気だ。
「うん……でちゃ、だめ」
「どうして出たんだ?」
どうして、か。
こんな問答をしたことがない。
答え方を間違えると、不自然になる。
「エンニ……でた」
「お外はおばけが出るだろ。どうして出た?」
お父様は、都合の悪いことを「おばけ」と言って怖がらせる癖がある。
私がきちんと赤ん坊を演じてきた成果でもあった。
「……おばけ、こわい」
「誰かと一緒だったか?」
やはり、そこを突いてくる。
ここは慎重に、情報を小出しにして様子を見る。
「うん……おばあちゃんと、いた」
「おばあちゃん? おいエンニ、嘘ついてるだろ?」
額を釘で刺されたような痛みが走る。
痛みは今までで最も激しく、涙が湧き出た。
…泣いている場合じゃない。考えろ。考えろ。
ええと、おばあちゃんじゃない……?
ノアテラのおばあちゃん姿は変化後の姿……?
「エンニ。パパに嘘をついたら、パパはエンニを嫌いになるよ?」
先程と比べて柔らかい声調。
そうか。すでに"危機が逃げている"のだ。
痛みが以前より増している…。
今は安全だとしても、答えを探そう。
ノアテラが「ほぼ完ぺきにコピーできる」と言いながら、
半顔メイクで若返っていたことを思い出した。
あの半顔メイクが、真の姿……?
自分のことを「おばちゃん」と言っていたし、
そもそも、男の姿でお父様と会っている可能性もある。
どっちだろう。
一歳児が四十代くらいの人物を「おばあちゃん」と呼んで、
それを嘘だと判断されるだろうか。
やはり、性別から違っていたのではないか。
私は涙をぬぐった。
「……お兄さん、いた……」
「そうか。正直に言えたなら、それでいい。
なんで嘘をついたかは……聞かないでおく」
不意に、お母さんの懐かしい記憶がよみがえる。
『正直に言えたから、それでいい』
――前世でも、よく言われた言葉だった。
……この件は人災だ。
あとで、ノアテラを問い詰めてやろう。
「エンニ。今度から、言いたくないことも誤魔化さず、すぐに言うんだ。わかったか?」
「うん、わかったナー」
その後の二日間、お母様の機嫌は良かった。
お父様は、この件を黙っていてくれたらしい。
「ナー、ナーのあれ、ほしいなー」
「これか?……俺のお気に入りなんだがな」
「ほしいなー」
私は、お父様にすり寄り続けるための“目印”を身につけようと考えた。
それは、お父様の耳についているリング状のものだった。
正直、物自体に魅力は感じていない。
だが、もらったものを大事に身につけること、
お揃いのものを持つことは、人間関係において非常に重要だ。
端的に言えば――生きたい。
それだけではなく、お父様の人間性に好感も持っているし、
気に入られていたいとも思っている。
「……じゃあ、エンニが隠し事をしないって約束するなら、あげるよ」
「わかったー」
「……本当に、わかってるのか」
そう言いながら、お父様は私にリングをつけてくれた。
「わあーい。ありがとう」
お父様は、少し照れくさそうだった。
次の日――いつものようにノアテラに会う日の朝。
お母様が、私のリングに気づいた。
「エンニ、それ、もらったの?」
「うん。ナーからもらった」
「……ふーん、そう」
声のトーンが、わずかに下がった。
その瞬間、私は察した。
事の大小は分からない。
ただ、お母様の望まないことをしたのだ。
お母様は、スイカ大一個分ほどに膨らんだお腹をさすりながら、
そのまま去っていった。
前世のお母さんは、
私が人間関係で苦しんでいるとき、表情に出さなくても察して、こう言っていた。
『すべての人と“そうありたい関係”は、仮初の関係の延長で済ませるのがいいのよ。
でも、仮初も大事にしなさい』
その言葉に、私はとても救われた。
たとえ親友だと思った相手でも、
何かをすることが義務に感じられたときは、
「仮初」という基本に戻ることで、心が解放される。
私は、生命の危険から逃れたその先で、
お父様やお母様とも、そういう関係でありたい。
そのとき初めて、
お父様とお母様を“本当に感じられる”気がした。




