101.詐称
自分にデュナミスをかけ、接近する。
イメージはテリジノサウルス。
開始の合図など気にしない。
とにかく、爪痕を残す。
「外観はユニークだけれど……」
タルホァは、私の爪を容易くかわす。
「鈍いわね」
その一言とともに、私の変身は解除された。
──思い出せ。
私は両親を殺された。
『雪猫団』の強襲を受けた故郷は、武器庫も穀倉も焼かれ、公邸は破壊された。
街を守るために出ていった父は、二度と戻らなかった。
逃げ惑う同族は殺され、降伏した者だけが焼き印を刻まれ、奴隷として生かされた。
まだ乳歯も生え揃わない頃、
小さな背中いっぱいに焼き印を刻まれ、私の絶望の人生は始まった。
──豹へ変身する。
暗い過去の情景を保ったまま跳躍し、首元へ牙を剥く。
タルホァは対処が遅れつつも、反射的に腕で払い、
私はその腕に噛みついた。
しかし、直後、正拳突きのような一撃を受けて吹き飛ばされた。
……痛い。
床に転がり、震えながら歯を食いしばる。
次は、カマキリ。
三歳にも満たない頃、私は奴隷部屋の清掃を強制されていた。
与えられるのは雑巾一枚と大きな椀だけ。
汚物を拭えば、別の汚物を塗り付けられる。
他の奴隷は私を殴り、蹴り、
流した涙が、便器をわずかにきれいにした。
──大鎌を振るい、タルホァの脇腹を狙う。
一瞬の動揺。
刃は彼女の胴をかすめ、服を裂いた。
「……っ」
裂けた布の下、血がじわりと滲む。
母は、奴隷売買のフロントを強制されていた。
便所掃除の母として、
同胞を売る裏切り者として、
奴隷たちからも激しい憎悪を向けられた。
ある朝、母は死体で見つかった。
奴隷たちは揃って「自殺だ」と言い張った。
だが、無数の外傷は明らかだった。
長時間いたぶられ、最後に殺されたとしか思えない。
そのとき、私は目から血脈が噴き出す感覚を覚えた。
怒りで、憎しみで、脳が燃え上がる。
──殺したい。
それなのに、身体は動かない。
恐怖で震えるだけだった。
流れたのは、一族の誇りの血ではなく、
命乞いの涙だった。
周囲はそれを見て笑った。
「この涙で掃除がはかどる」
「小汚いガキに親なんて贅沢だ」
──カマキリの腕をシャコの手へ変形させ、
全力で突きを放つ。
今度は、顔面に当たった。
威力は小さい。
それでもタルホァは押され、尻もちをついた。
罵声を浴び、汚物にまみれ、それでも生き延びた日々。
父も脱走犯として最下層に落とされ、奴隷以下の扱いを受けていた。
タルホァは立ち上がらない。
俯いたまま、戦意を失っているように見えた。
周囲がざわめく。
「え……タルホァさんとアテラの演習は、ここまで」
教官も事態を把握できていない様子だった。
私は静かに一礼し、その場を去る。
その瞬間に見えたタルホァの顔は、
硬直し、小刻みに震えていた。
──心の優しい人なのだろう。
その優しさゆえに、
目の前の私と向き合うことなく、
内側だけで受け止めてしまった。
それが、この結果だった。
演習は続く。
タルホァは徐々に立て直し、赤誠の参加者を次々と退けていく。
あのメイですら、子供扱いされて完封された。
彼女の読心が、
思考だけでなく身体への電気信号まで読めるのだとしたら、勝てる者はほとんどいない。
唯一、チターナとの演習だけは拮抗した。
全反射と読心が拮抗、互いに決定打を与えられず時間切れ。
だが、あと一時間あれば、
チターナのデュナミス残量が尽きていたはずだ。
こうして、最初の演習は終わった。
「タルホァさん、小さい男の子を殴れない人なのかな。
一発は殴ってたけど」
「恐らく……必死さを読まれて、同情されたのでしょう」
ルレウの疑問に、私はそう答えた。
フィジカル弱者の私が出し尽くした全力の手段は、
人格を疑われかねない。
種明かしはできない。
そして、私には他に示せる武はない。
この“大金星”で評価を得るしかない。
その後、私は他棟へ情報収集に向かった。
現在のプログラム初日、
中齢では青月と白刃にそれぞれ一名ずつ、Tier2デュナトスが演習に参加しているらしい。
気になって白刃棟へ向かうと、
ちょうど一回目の演習が終わったところだった。
「さすがアーズ。現役Tier2のラダをやりやがった」
そんな声が、大広間から部屋へ戻る者たちの間で聞こえてきた。




