第16話 ギルド公式の縁
永続営業許可証を受け取ってから3日後の午後。
私は店舗の在庫管理をしていた時、見慣れない来客があった。
「失礼いたします」
扉を開けて入ってきたのは、三十代前半の真面目そうな男性だった。
きちんとした服装で、手には革製の書類鞄を持っている。
「いらっしゃいませ」私は丁寧に応対した。
「リリアーナ・フィオーレさんでいらっしゃいますか?」
「はい、そうです」
「初めまして。私は冒険者ギルド本部事務官のエリオット・グランツと申します」
『冒険者ギルド本部!』
私は内心で驚いた。本部からわざわざ来るということは、相当重要な用件に違いない。
「ご丁寧にありがとうございます。どちらにお座りください」
私は彼を店内の休憩スペースに案内した。
◇◇◇
「本日は、提携のご相談でお伺いいたしました」
エリオットが丁寧に切り出した。
「提携ですか?」
「はい。実は、各地の冒険者から貴店についての報告が多数上がっておりまして」
彼が書類を取り出す。
「『夜間補給が可能な画期的な店舗』『冒険者にとって非常に有用』といった評価です」
『そんなに話題になってるの?』
私は驚いた。確かに冒険者の客は多いが、まさかギルド本部まで話が届いているとは。
「それで、正式に業務提携をお願いしたいと思いまして」
「業務提携...具体的にはどのような?」
エリオットが真剣な表情で説明を始めた。
「遠征隊への夜間補給サービスです」
◇◇◇
「遠征隊は通常、早朝に出発いたします」
エリオットが詳しく説明してくれる。
「しかし、出発前の最終補給は非常に重要で、これまでは前日の夕方までに済ませるか、当日の朝を待つしかありませんでした」
「なるほど」
「貴店の夜間営業なら、出発直前の深夜に最終補給が可能です」
『確かに理にかなってる』
前世のコンビニでも、深夜から早朝にかけての需要は確実にあった。
「それに」エリオットが続ける。
「夜間の方が落ち着いて買い物ができます。慌ただしい朝よりも、確実に必要なものを揃えられる」
「おっしゃる通りですね」
実際、常連の冒険者たちも同じことを言っていた。
「そこで、まとめ買い・予約システムの導入をご提案したいのです」
◇◇◇
「まとめ買い・予約システム?」
「はい。大人数の遠征隊が一度に来店すると、店舗に負担をかけてしまいます」
エリオットの配慮が嬉しい。
「事前に人数と必要な物品を予約していただき、当日は効率的に受け渡しができるシステムです」
『なるほど、合理的ね』
前世でも、大口注文は事前予約が基本だった。
「具体的には?」
「専用の予約票を作成し、3日前までにご注文いただく。当日は番号札での受け渡しで混雑を回避」
彼が手書きの設計図を見せてくれる。
「これは...よく考えられたシステムですね」
「ありがとうございます。効率化により、双方にメリットがあると考えております」
『さすがギルドの事務官、システム思考ができてる』
◇◇◇
「喜んで!ギルド公認は心強いです」
私は即座に答えた。
「本当ですか?ありがとうございます」
エリオットが安堵の表情を見せる。
「ただし」私は条件を提示した。
「より良いサービスを提供するため、遠征用のセットメニューを開発させてください」
「セットメニュー?」
「保存食・回復薬・日用品をパッケージ化したものです」
私は前世のコンビニ弁当のような発想で説明した。
「個別に選ぶより効率的で、必要なものを漏れなく揃えられます」
「素晴らしいアイデアですね」
エリオットが目を輝かせる。
「これで冒険者の生存率も上がります」
『生存率...確かに重要な観点ね』
前世では考えもしなかった、この世界ならではの価値だ。
◇◇◇
早速、遠征用セットメニューの設計に取り掛かった。
「まず、基本的な栄養と保存性を考慮して...」
私は前世の知識を活用しながら、メニューを組み立てていく。
「Aセット:3日間の個人用。保存食3食分、水筒、回復薬、救急用品」
「Bセット:1週間の個人用。保存食7食分、調味料、簡易調理器具、薬草」
「Cセット:グループ用。10人×3日分の食料、共用装備、地図、通信道具」
エリオットが感心している。
「これは実用的ですね。特にCセットは隊長には助かります」
「価格設定はどうしましょう?」
「個別購入より10%割引はいかがですか?」
「妥当ですね。まとめ買いのメリットもあります」
『Win-Winの価格設定』
◇◇◇
「それから」私は追加提案をした。
「専用の予約票・伝票システムも改良しましょう」
「改良ですか?」
「はい。もう少し詳細な情報を記載できるように」
私は前世の発注システムを参考に、新しい様式を考案した。
「遠征期間、人数、目的地、特別な要望...これらを事前に把握できれば、より適切な提案ができます」
「なるほど、カスタマイズサービスですね」
「そうです。標準セットをベースに、個別のニーズに対応する」
エリオットが深く頷く。
「ギルドとしても、冒険者の安全確保は最優先事項です」
「私たちも、お客様の安全に貢献できれば嬉しいです」
『社会的な意義も感じられる』
◇◇◇
「ところで」エリオットが質問してきた。
「このようなシステム、以前にも運用されたことがあるのですか?」
「いえ、完全に新しい試みです」
「そうですか...では、なぜこれほど体系的なシステムを?」
『前世の経験とは言えないし...』
「お客様の立場で考えると、自然にこうなったんです」
「なるほど。顧客視点の発想ですね」
エリオットが感心してくれる。
「実は、ギルド内でも『なぜ今まで誰も思いつかなかったのか』と話題になっています」
『確かに、言われてみれば当然のニーズよね』
でも、この世界では前例がないから、誰も発想できなかったのだろう。
◇◇◇
「システムの詳細が決まったところで」エリオットが新しい書類を取り出した。
「初回の大口契約をお願いしたいのですが」
「大口契約?」
「来週、20人規模の討伐隊が編成されます」
『20人!』
私は興奮した。これまでの最大は5人グループだった。
「期間は5日間、山岳地帯での魔物討伐です」
「承知いたしました。Cセットをベースに、山岳地帯仕様でカスタマイズいたします」
「山岳地帯仕様?」
「寒冷対策、高カロリー食品、酸素薄い地域での体調管理用品などです」
エリオットが驚いている。
「そこまで考慮していただけるとは...」
「お客様の安全が第一ですから」
『これぞプロのサービス』
◇◇◇
契約の詳細を詰めていると、ミアちゃんがお茶を持ってきてくれた。
「お疲れ様です」
「ありがとう、ミアちゃん」
エリオットがミアちゃんを見て感心している。
「スタッフの方も、とても感じが良いですね」
「ミアちゃんは、このお店の顔なんです」
ミアちゃんが照れている。
「冒険者の皆さんにも、とても評判が良いんですよ」
「そうですか。それは心強いです」
エリオットが微笑む。
「実は、冒険者からの評価で『スタッフの対応が素晴らしい』という報告も多数ありました」
『ミアちゃんの頑張りが認められてる』
◇◇◇
契約書の作成を終えて、正式に調印した。
「これで、冒険者ギルドとの業務提携が成立ですね」
「はい。今後ともよろしくお願いいたします」
エリオットと握手を交わす。
「ついに公的機関との取引開始!」
私は内心で喜びを爆発させていた。
村長の認可に続いて、ギルドの公式提携。
事業の社会的地位が急速に向上している。
「それにしても」エリオットが感慨深げに言う。
「このような革新的なサービスが、辺境の村から生まれるとは」
「革新的ですか?」
「ええ。ギルド本部でも『業界の常識を変える可能性がある』と評価されています」
『業界の常識を変える...』
大げさな気もするが、確かに前例のないサービスだ。
◇◇◇
「今後の展開についても、お聞かせください」
エリオットが興味深そうに質問する。
「他の村や街への展開は考えていらっしゃいますか?」
「現在検討中です」
実際、村長からも他村からの問い合わせがあると聞いている。
「ギルドとしても、他地域での展開を支援したいと考えております」
「支援?」
「はい。資金面、人材面、情報面での協力です」
『これは...大きなチャンス』
ギルドのバックアップがあれば、事業拡大が格段に容易になる。
「非常にありがたいお申し出です」
「ただし」エリオットが条件を提示した。
「同じ品質とサービスレベルを維持していただくことが前提です」
「もちろんです。むしろ、さらなる向上を目指します」
◇◇◇
契約締結後、エリオットは店舗の視察も行った。
「在庫管理システムは?」
「手作業ですが、詳細に記録しています」
「防犯対策は?」
「警報魔法陣と衛兵隊の連携で万全です」
「スタッフの研修は?」
「継続的に実施しています」
一つ一つの質問に答えていく。
「素晴らしい運営ですね」
エリオットが総合評価をくれる。
「これなら、ギルドとして安心して提携できます」
『高評価をもらえた』
◇◇◇
夕方、エリオットが帰る際に最後の確認をした。
「来週の20人分遠征セット、確実にご用意いただけますね?」
「はい、必ず」
「それでは、3日後に詳細な打ち合わせにまいります」
「お待ちしております」
エリオットが去った後、私はしばらく達成感に浸っていた。
『ついにここまで来た』
個人商店から、公的機関と提携する企業へ。
事業規模も、社会的地位も、大きく変わろうとしている。
「リリアーナ様、すごいことになりましたね」
ミアちゃんが興奮している。
「ええ。でも、これからが本当の勝負よ」
『期待に応えなければならない』
◇◇◇
その夜の営業時間、常連の冒険者ディランに報告した。
「ギルドと提携することになったんです」
「マジか!すげぇじゃないか」
ディランが驚く。
「俺が本部に報告したのも、きっかけの一つかもな」
「報告してくれたんですか?」
「ああ、『こんな便利な店があるぞ』って」
ディランが嬉しそうに笑う。
「まさか公式提携になるとは思わなかったが」
「ありがとうございます。おかげです」
『口コミの力は偉大ね』
一人の客の声が、公的機関を動かすきっかけになった。
◇◇◇
営業終了後、今日の出来事を整理した。
「これで事業の基盤がより強固になりましたね」
アンナが感想を述べる。
「はい。村の公認、ギルドの提携...」
「社会的な信頼を得られました」
私も満足していた。
「でも」私は気を引き締めた。
「責任も大きくなったわ。期待に応えなければ」
「大丈夫です」ミアちゃんが力強く言う。
「みんなで頑張りましょう」
『心強いスタッフがいる』
どんな困難も乗り越えられそうな気がした。
追放された王女は、ついに社会的な地位を確立した。
そして、さらなる飛躍への道筋も見えてきた。
冒険者ギルドとの提携は、新たな章の始まりだった。
世界初のコンビニエンスストアは、着実に社会インフラとしての地位を築いていく。
そして、その影響は予想以上に大きく、広範囲に及ぶことになるのだった。