084 続・男子会
メンバーたちはその後稑の部屋へと移動した。とりあえず勇と優を優先して順番に風呂を済ませ皆部屋着に着替えると、目いっぱい敷き詰めた布団に寝そべって各々がくつろいでいた。詩帆ももう自室に引き上げていた。
「ったく、俺の大切な結婚記念日を振られる日にするってあの人いったいどういうわけ…。」
蓮は寝転んで美琴の等身大抱き枕を抱えながら言った。
「まぁまぁまぁ。振られるって思ってなかったんじゃない?」(優)
「えー、どう見たって脈なしでしょ。」(勇)
「多分…、誠さんだからじゃないよ。詩帆さんだからだよ、こうなったのは。だから僕がいつか気持ちを伝えても、きっと同じだよ…。」
誠とは何も始まっていなかったことは嬉しいはずなのに、稑ももうすでに自分も玉砕を味わっている気分になっていた。新は今稑が何に敵わないかを知っている分、すぐに掛けてあげる言葉が見つからなかった。部屋の中は静まり返った。すると蓮が言った。
「ごめんな…、稑。」
「え…。」
(まだ何か僕に謝ることがあるの…?)
稑は今度こそ蓮が謝ろうとしていることが思い当たらなかった。
「俺はライバルは自分だけだったから、何も参考になることが言えない。」
(……?)
一瞬そこにいるすべての者が固まった。するとすかさず勇が突っ込んだ。
「たくよぉッ!いきなり両想いでそのままゴールインしたヤツの言うことなんて今はどーだっていいんだよッ!おまえはもうミーちゃん抱いてとっとと寝てろッ!!」
そう言うと勇は美琴の等身大抱き枕を蓮から奪い取ると、目いっぱい遠くに投げ飛ばした。すると蓮は大人しくそれをハイハイしながら迎えに行き抱きしめると、そのまま隅っこでそそくさと寝る体制に入ってしまった。
「え…、蓮がいち抜けた。」
優は口をぽかんと開けながら呟いた。しかしいずれにしても、詩帆は想像以上に手強いかもしれない…とやはり部屋の中は静まり返っていた。すると新が一際明るい声で提案した。
「じゃあさ!もう既成事実を作っちゃったらいいんじゃない?」
(……!!!)(勇、優、蓮)
「既成事実…?」
「うん。だって、同じ屋根の下で暮らしてるんだし、部屋には鍵も掛かってないんでしょ?そしたらもう通いたい放題じゃん。」
部屋の中はまた静まり返った。しかし次の瞬間勇がベッドから稑の枕を拾い上げると新に向かって思い切り投げつけた。すると今度は優が美琴の等身大抱き枕を蓮から奪い取り同じように新に投げつけた。
「ちょっとぉ!痛いからやめて!」
新がそんなことを言っている間に今度は抱き枕を奪われた蓮が優に襲いかかった。2人はもつれ合い、そのまま稑のベッドに一緒に倒れ込んだ。すると今度は勇が美琴の抱き枕を新から奪うと、それ諸共稑のベッドにダイブした。
「今日ここで寝るのは俺だからなッ。」(勇)
「何言ってんだよ年功序列で言ったら俺だろッ。」(蓮)
「いやいや背の順で言ったら僕と勇だよ!」(優)
「お前らは寝相悪いからやっぱここは俺と稑だ!」(蓮)
「何言ってんだよ!おまえは黙ってみーちゃんと一緒にあっちで寝てろッ!」(勇)
もはや大乱闘でも勃発したのかと思いきや、彼らはただどさくさに紛れて暴れたいだけだった。取り残された新は稑の枕を拾い、それを稑に渡しながら言った。
「ごめん。さっきのは、冗談だよ。」
「うん…。」
せっかく稑を元気付けたくて開いた男子会だったのに、稑のモヤモヤはやはりスッキリしていなかった。するとそんな稑を見つめながら新は言った。
「例えばさ、さっきの雑な詩帆さんとかも、稑は引いたりしないの?」
「雑な詩帆さん?」
稑は最初新がいつの詩帆のことを言っているのか分からなかった。
「だからほら、さっき僕に向かってタオルを放り投げたじゃん。」
「あぁ。うん、別に。」
「ふぅーん。」
新は意味深な反応をした。
「稑はさ、とりあえず誠さんとは全然違うから大丈夫だよ。」
「へ?」
「あ、もちろんいい意味でね。」
「え、もうよく分かんないよ。どういうこと?」
「だからぁ、この前も自分で言ってたけど、稑は何も変わらなくていい。今まで通りでいいんだよ。」
すると未だにベッドの上で戯れそうこう言って話がまとまらない男衆に新が遅れてダイブし合流した。
「ここはやっぱり凸凹コンビの僕と稑でしょ!」
(…??)
新の言っていることはあまりにも抽象的過ぎて結局のところよく分からず、稑は自分の枕を抱き抱えたままその場で1人呆然としていた。
夜、日付は変わりみんなが雑魚寝で寝静まる中、稑は1人寝付けずにベッドの上で考え事をしていた。
(あぁ…、いつもだったらこんな時ピアノ室に行くのにな…。でもさすがにもう詩帆さんはいるわけないか。)
"通いたい放題"
稑はこれまで詩帆が何かやらかした時に急遽誰かと共に詩帆の部屋まで本人を運び込むことはあったが、個人的に詩帆の部屋を訪ねたことはなかった。しかし稑にとってはどちらかというと、ピアノ室の方が詩帆の部屋のようだった。稑が行きたいと思いそこへ行くと、大抵詩帆はそこにいた。
あのピアノ室には唯一のルールがあった。それは絶対に独り占めをしないこと。先に居ようが後から来ようがそれでも使いたければ使うし嫌なら諦める。しかしこれまで稑も詩帆も、相手が居ようがそれを拒むことはなく、そのまま共に過ごした。
詩帆はピアノ室にいても、いつもピアノを弾いているわけではなかった。BGMに魂狼のアルバムを流しながら、自室にデスクはあるのになぜかスケジュール管理などの事務作業をまるでピアノをデスクに見立て蓋や譜面台を駆使して作業をしていた。一方で時々ある対外的な仕事でストレスを抱えて帰宅した時などは一直線にピアノ室に向かうと抱え込んでいるすべての感情を音に乗せて吐き出すこともあった。そんな時の詩帆の演奏は同じ空間に居合わせることは困難を極めあゆみや明はそそくさと退散するのだが、稑はそれを感心しながら聞き入っていた。そしてその稑も、iPadで振り付けを予習したり、雑誌を読むのは自室でもできるのに、ピアノ室のソファでくつろぎながらそこで過ごすことが多かった。そんな時2人は長い間会話をすることもなくただひたすら各々の時間に没頭し、しかしその時間や空間を共有していた。
(ある意味ピアノ室には通いたい放題なんだよなぁ。)
「…ん?」
その時稑は思った。
(待って。もし僕が今この部屋を出てピアノ室に行く→しかし詩帆さんはいなかった→そんなことをしている間に誰かが詩帆さんの部屋に行く…。)
"サァーーーー…。"
そう思うと稑は居ても立ってもいられなくなり慌てて飛び起きた。すぐ隣りで一緒に寝ている新はぴくりともしなかった。稑はそのまま部屋のドアの前に移動するとそこに鎮座した。
(っていうかなんで気付かなかったんだろうッ、今日僕は、寝てる場合じゃないッ。)
そこから稑の長い長い夜が始まった。しかし夜は一瞬で明けた。そして朝の8時過ぎ…。
「おい、稑ッ!起きろー!!ったくよぉ。せっかくベッド譲ってやったのにどう転がってったらここまで来れるんだよッ。」(勇)
「いや、あれは元々稑のベッドね。」(優)
「いやー、なんか悪いことしちゃったなぁ…。」(新)
「おい!稑!今日は休みじゃないからな?午後はレッスンあるかんな!」
蓮も声を掛けたが、稑は全く起きそうになかった。仕方なく、メンバーたちはみんなでそんな稑の手と足をそれぞれ持ち力を合わせてベッドまで運んだ。
その後、メンバーたちはキッチンで朝食を手分けして準備し済ませるも、稑はやはり降りてこなかった。
「あざましたーッ。」
「ではまた後ほどー。」
メンバーたちは一旦家に帰るため、ひと通りの片付けを済ませると章の家を後にした。時間はすでに11時を過ぎていた。
(さすがにちょっと寝過ぎじゃないか…?)
普段そんなに寝起きが悪いわけでもない稑がここまで起きてこないとさすがの詩帆も心配になって来た。
"コンコンコン"
「稑ー、入るよー。」
相変わらず返事は待たずにいつものスーツ姿の詩帆はズカズカと稑の部屋に入っていった。稑はまだベッドの上で大の字になって寝ていた。
「稑ー、もう11時だよー。そろそろ起きないと、午後からのレッスン間に合わないよー。」
詩帆は稑にそう声を掛けながら部屋に入って正面の窓までそのまま突き進むとカーテンをめくり窓を少し開けた。しかし稑は返事どころか微動だにしなかった。詩帆はその場から振り返り、そこからそんな稑を凝視した。窓からは緩やかに風が入ってきて、その風は詩帆のこめかみ辺りの後れ毛も揺らし頬を優しく掠った。詩帆は尚も、優しく陽だまりが包む稑を凝視し続けていた。しかし次の瞬間だった。詩帆は真顔のまま稑のそばにものすごい勢いで駆け寄った。そして自分の顔を思い切り稑の顔に近づけ、同時に自分の左手のひらを稑の鼻と唇ギリギリに近づけた。しばらく静寂に包まれた。その間、詩帆は自分の心臓が耳の奥でズオンズオンと脈打っている音だけが聞こえた。
(…稑!?)
するとしばらくして、その手の内側に稑の生温かい息がかかるのを感じた。詩帆は目を見開いたかと思うと一気に力が抜け、そのままその場に伏せてしまった。そして大きめの呼吸を何回か繰り返し、自分はそれまで呼吸をすることさえも忘れていたことに気付かされた。
(よかった…。…、よかった?…何言ってんだ…、私。そんなこと、あるはずがないのに…。)
詩帆は何だか自分で自分に呆れるような、悔しいとも、虚しいとも違うよく分からない感情でもやもやしていた。すると稑が突然何かを呟いた。
「あー、詩帆さんの抱き枕だ…。」
そんなようなことが聞こえた気がした。と思った次の瞬間、詩帆は突然稑に抱き寄せられ、そのまま稑のベッドの中に引きずり込まれた。そして抵抗する間もなく腕と足とでガッチリとホールドされ、身動きが取れなくなってしまった。
(はッ?!今いったい何が起きてるんだ?!)
あまりにも突然の事態に詩帆は頭の中が真っ白になった。稑はそんな詩帆をお構いなしにまだ何かもにょもにょと戯言を呟いていた。
「わぁーいぼくにもしほさんのとうしんだいだきまくらよういしてくれたんだねぇみんなあいがとー。」
(はッ?!等身大抱き枕?!何言ってんだコイツ!?こちとら生身の人間だよッ!!)
「おいこらッ!稑!!起きろッ!!早く目を覚ませこのド天然野郎ッ!!」
しかし詩帆が暴れれば暴れるほど稑のホールドはパワーを増すので、詩帆は一旦抵抗するのを諦めた。すると今度は稑が詩帆の頭をクンクンと嗅ぎ始めたので、詩帆の堪忍袋は再び限界を迎えた。詩帆はそのまま稑の顎を目掛けて思いきり頭突きをした。
「いったッッッ。」
さすがの稑も、これには一発で目を覚ました。すると、なぜか自分の上に跨る形でそこに詩帆がいることに気が付いた。
「え…、詩帆さん?!」
詩帆は膝立ちで稑を跨いだまま見下しものすごい形相で稑を睨みつけていた。そしてもう一切の言葉を発しなかった。その後強引に稑の頭の下から枕を引っこ抜くと、それを思い切り高々と振り上げ、次の瞬間力任せに振り落とし稑に叩きつけた。
「痛いッ。何ッ?!」
しかし詩帆は全く力を緩めずにその後も何度も稑に向かって枕を叩きつけた。
「何々ッ、詩帆さんやめて!!」
稑は両腕で顔を防ぎ何とか耐えていたが、一向に治る気配のないその事態になす術がなく、その後もただひたすら耐えるしかなかった。そして恐らく10回目くらいだろうか、詩帆はようやく気持ちと折り合いがついたのか、しかし最後のとどめはこれまでで一番高く枕を振り上げ、すべての力を出し切るかのような一撃だった。
"バシッッッ!!!"
辺りは静まり返った。
(お、終わった…?!)
稑はやっと詩帆からの攻撃が治まったことを確認すると、ようやく腕をほどいた。しかしその時には詩帆の姿はもうそこには無く、部屋のドアがものすごい勢いで閉まった音が突然部屋中に響き渡った。
(な、何だったんだ…、いったい…。)
稑はしばらく放心状態のままベッドに横たわっていた。一方詩帆は、稑の部屋を出るとそのままその場にへたり込み、詩帆もまた放心状態になっていた。詩帆はさっき遠目から見た稑の静かに眠る姿を思い出していた。耳の奥では再びズオンズオンと心臓が脈打ち、脳裏にはとある昔の記憶が蘇っていた。
(……だめだ、…怖いッ。)
詩帆は意識して呼吸を整えた。そしてぎゅっと瞳を閉じたまま、服の上から章とお揃いのネックレスを強く握りしめた。




