006 エントリーNo.5 川名 稑
2020年6月6日(土)オンライン面接
「それではまず簡単に自己紹介をお願いします。」
「えっと…、川名 稑、12才です。」
「稑さん、今日はどうぞよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします…。」
「ではまず今回このオーディションに応募された動機を聞かせてください。」
「動機…。えっと…。」
「なぜこのオーディションに参加したいと思ったのか、きっかけや理由を聞かせてもらえますか?」
「はい。僕はとにかく歌が好きで、歌うことが大好きで、僕には他に何も特技がないけど、歌っている時の自分はすごく好きだし、本当の、ありのままの自分でいられるから、だから社長の、章さんからのメッセージにあった"ありのままで"っていう言葉にすごく惹かれて、応募してみようと思いました。」
章の隣りに座る女性スタッフとのやり取りに、画面越しに映る少年は辿々しく答えていたが、応募した理由を聞かれると、堰を切ったかのように話し出した。
2020年7月4日(土)個人面接及び実技審査
この日章は初めて稑と直接対面した。会った瞬間その容姿に、そしてそこからにじみ出る独特のオーラに、章は思わず息を呑んだ。
(あの画面越しから感じた幼さはいったいどこへ行ったんだ?)
彼の印象はがらりと覆った。だが章の驚きはそれだけではなかった。彼の歌唱力だ。
「今までどこかでボイストレーニングを受けたことは?」
「ありません。」
「じゃあ独学でここまで?」
「はい。あ、でも、特に何か専門的なことをしたりとかは…。YouTubeで調べるとかそれくらいで…。声の出し方とか、身体の使い方とか…。でもそれが正しく出来ているのかは分かりません…。」
「そうか。」
それでもその実力はこちらが求める期待を遥かに大きく上回っていた。鼻を抜ける独特の声質に妖艶さが相まって個性が際立つ。その特徴を見事に自身で捉えていて、表現力がすでに申し分ない。聴き慣れた曲も、まるで自分の持ち歌であるかのように容易く上書きしてしまう。まさに逸材だ。
(歌が好き。それだけでここまで極められるのか、この歳で…。)
章はある人物が脳裏に浮かんだ。
しかしこちらが求めているのはダンス&ボーカルグループのメンバー。稑は歌唱力は申し分ないが、ダンスはほぼ素人だった。そこで章は次の集団実技審査までにいくつか課題を与えた。それはすなわち、この第三次選考は通過したことを意味した。
最後に章は尋ねた。
「君はここでいいのか?」
「ここがいいです。」
それはこの先の稑自身の人生をSmall Gateに捧げる覚悟があるかを聞いたつもりだったが、言うまでもなく、稑のその返事はそれを理解した上での答えだということが、章に向ける稑の眼差しから伝わってきた。
2020年8月17日から始まった最終選考の集団実技審査は、月曜から金曜までの5日間を2週に渡って行われた。与えられた課題をこちらで振り分けたチームで協力して形にしていく。その際個人的にスキル向上に必要だと感じたことは、本人が希望すればSmall Gateのスタッフが全面的にバックアップする形式となっている。いわば実際にメンバーとなった後の活動の疑似体験ができるようになっていた。
この時、稑は遠方在住で未成年であるため、審査期間中東京に滞在してもらうことに保護者の同意を得る必要があったが、その書類は稑の伯父の名で提出されていた。そして審査期間中はその伯父が東京在住のためそこに滞在するとのことだったので、この時点では特に問題にはならなかった。しかし実際は、このことは母親には内密で進められていたのだった。