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今ここであなたと出会えたことは 三つ星編  作者: 安田 木の葉
第一章
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005 最初の大仕事

 詩帆が居候を開始してから2週間後の10月最初の土曜日、詩帆と章は名古屋にいた。


「車線の幅が広ッ!めっちゃ走りやすい!!この3車線、東京なら4車線だよね?!」


 初めて走る名古屋の道に、詩帆は興奮気味だった。


「飛ばすなよ。すぐ捕まるぞ。」


 章は安定して落ち着いていた。


 名古屋駅を出発し15分ほど走ると、そこはもう落ち着いた街並みで、途中新幹線と並走する道に不思議な感覚を味わいながら、詩帆はレンタカーを走らせた。


 詩帆は自身の音楽教室を今後半年を目処にクローズし、それと並行しながら章の会社の仕事もこなしていくことになっていた。そして今日はSmall Gateに入社2週間にして、とても重要な仕事が待ち受けていた。メンバーの1人、川名(かわな) (りく)は未成年であるため、契約に際して保護者の同意を得る必要があった。2人は稑の親元を訪ねに遥々名古屋まで来たのだった。稑はちょうど前日に13歳の誕生日を迎えていた。


(13歳…、これもまた何かの巡り合わせなのだろうか。)


 詩帆は稑の年齢に、ついそう思わずにはいられなかった。


 しばらくして2人は目的地に到着した。稑の住む家はアパートの2階、階段を上がって手前の部屋だった。すでに約束の時間を少し過ぎていたので、2人はそのまま訪ねることにした。


"ピンポーン"


 インターホンを鳴らしてしばらく待つと、ドアが少しだけ開いた。そして中なら1人の女性が恐る恐る顔を覗かせた。


「こんにちは、Small Gateの滝本 章と申します。」

「同じくSmall Gateの橋本 詩帆と申します。」


 章はいつも通りの黒づくめの格好で、詩帆も同じくいつも通りのスーツ姿だった。2人はマスクをしていて、章の左耳には、やはりあのピアスが揺れていた。女性はそんな2人を前に困った様子で、明らかに自分たちは歓迎させていないということが手に取るように伝わって来た。しかし章も詩帆も、それは想定内のことだった。


「今日はどうぞよろしくお願いします。」


 そう言って章は頭を下げ、詩帆も続いて軽く頭を下げると、女性は致し方なくといった様子でさらにドアを開き、2人を中へと促した。


 コロナの感染対策を考えれば、今このタイミングで自宅に上がらせてもらうのはとても気が引けたが、会う場所は自宅でというのは母親からの希望だった。この会ってから僅かな時間での彼女の挙動から、恐らく周りの目を気にしているのだろうと章は思った。


 章が先に入り、詩帆も続いて中へ入る。狭い玄関からすぐに居間へと案内されたが、その手前にマスクをした1人の青年が立っていた。この子が稑であろう。詩帆が稑と直接会うのは、この時が初めてだった。彼は詩帆よりもとうに背が高く、見た目もすでに大人びていて、とても"男の子"とは言い難かった。詩帆が稑の前を横切る時、2人は一瞬目が合った。しかし詩帆は足を止めず、そして表情も変えることなくそのまま居間へと入っていった。女性は稑を居間には入れず、そのままガラス戸を閉めた。

 女性は2人と向かい合って座ると、テーブルの端に用意してあったポットから急須にお湯を入れ、2人にお茶を用意し始めた。


(母親にしては若い?実は私とそんなに変わらないのではないか?綺麗な人。でもどこか苦労が身じみ出ている。)


 詩帆はあまりじろじろ見てはいけないと思いながらも、沈黙した重苦しい空気の中、女性の一連の所作を見守った。


「どうぞ。」


 そう言って2人にお茶を出すと、ようやく会話らしい会話が始まった。


「稑の母の、律子(りつこ)です。」

「初めまして、私はSmall Gateの代表取締役を務めております、滝本 章と申します。こちらは部下の橋本 詩帆です。本日はどうぞよろしくお願いします。」


 2人はそれぞれ名刺を差し出し、律子はそれを慣れない手つきで一枚ずつ受け取った。


「この度は弊社のオーディションにご応募くださり、誠にありがとうございました。幾度に渡る厳選な審査を重ねた結果、稑さんは最終メンバーに選ばれました。本日は、稑さんが今後メンバーとして弊社で活動していく上での契約に関しまして、ご説明に上がりました。」


 章が話し終わると、律子は黙ったままだった。そしてまたしばらくの時が流れた。


(…重い。とにかく空気が重い。)


 しかしここは律子の気持ちを汲むべく、2人はとにかくじっと律子の様子を伺った。するとしばらくして、ようやく律子が口を開いた。


「私がこの話を知ったのは、稑がメンバーに選ばれてからなんです。」


「はい。」


 落ち着いた声で章は応えた。章はそれを事前に稑から聞いていた。


「稑のこと、どこまでご存知か知りませんが、稑がこんなことをしていたなんて、今でも本当に信じられなくて…。」


(これは長い1日になりそうだ。)


 詩帆も、稑に関してここまでに至る大体の話は聞いていた。しかし想像以上に一筋縄ではいかなそうなこの流れに、詩帆は居住まいを正し、そして腹を括った。






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