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040 新境地

 8月にデビューを果たしたその年の暮れ、魂狼は紅白に出場した。立て続けに発表した6枚のシングルはすべてチャート入りし、レコ大でも新人賞を受賞するなど、米フェスに参加してからのこの約半年間は、これまでとは状況が一変した。ただでさえ音楽業界は年末が一番の過渡期であるが、オファーの問い合わせが殺到し想定を遥かに上回る忙しさとなった。

 メンバーたちへ過度に掛かる負担に、要は目を光らせていた。それは全く同じシュツエーションを兄を通して見てきたからだ。要はまだ幼稚園に通っていた頃だったが、当時の誠を一番そばで見てきて、その天国と地獄の日々が幼ながらに強烈に記憶に残っていた。そんな要にとって、同じ思いをさせる人を作らないことが今現在のSmall Gateでの自身の役割の原動力となっている。


 その後年が明けてからの仕事は、幹部内で慎重に判断した。多少無理をさせることになっても、それは本人が望むことであるかを必ず双方で確認し、ジャッジした。すぐに食い付かない章をバカにする者もいた。罵倒する者もいた。理不尽な思いも味わった。しかし章はメンバーの中長期的な将来を見据えて何が一番彼らの才能を生かせるか、それを何よりも念頭において考えていた。

 売れる時に使えるだけ使い稼ぐ、そしてピークが過ぎればこの世界はそんなもんだと、世間の目こそがすべてだと正論付け自分を正当化する。そしてまた当然のように目新しいものにすべてを投資する支配者なんぞはクソだ。疲弊し切った家族に涙する残された家族、そんな負のスパイラルを決して生まない。だから章は狼魂以外にアーティストを抱えるつもりはなかった。それはこの先も変わらない。それにより救えない才能もあるだろう。しかしあの日この5人を家族にすると決めた。だからこの5人を自分は何としても守り抜く、そんな覚悟で章は毎日を戦っていた。


 とは言え、彼らの生活は狼魂に全振り、というわけではなかった。5つの円の重ならないパーソナルな部分もしっかりと尊重された。

 蓮は大学の勉強が滞らないように合間を見て懸命に勉学に励んでいる。彼女とも、相変わらず順調な様子だ。

 勇はダンスに関する世の中の動きや情報を日本のみならず海外まで視野に入れチェックしている。これまで接点がなかったニッジのバックダンサーたちとも積極的に関わり、見せ方やこの先当たりそうな振付けなどの研究に勤しんでいる。

 優は所属を章の会社のみとしたことで一旦は芸能方面の仕事は減った。しかしここでリセットし、魂狼としてのスタンスでもう一度新たにその道を開拓するべく、詩帆と相談しながら模索している。

 新は"食べるの大好き"を抑えることなく楽しみつつ、今もあゆみから料理を教わったり、覚えたレシピを新流にアレンジして「新のキッチン教室」と題してYouTubeに定期的にアップしている。

 稑は引き続き、蓮と一緒に勉強も頑張っている。蓮はそんな稑の面倒もしっかりと見てくれている。


 3月、蓮は大学を留年することを決めた。実際に学業に手が回らなかったことも事実だが、コロナでイレギュラーだった分を取り戻したいという思いもあった。稑は無事学力をオンスケに戻し中学の卒業式を迎えた。稑は小学校の卒業式、そして中学の入学式はコロナによる一切休校で通常の式は執り行われなかった。しかし当時人目に晒されることにひどく抵抗があった稑にとっては、それは幸いだった。しかし今回は違った。この日を迎えるまでに、たくさんの人が支えてくれた。自分の未来を己のことのように考え、導いてくれた。自分に関わってくれた人のことを思うと、稑は胸が詰まる思いがした。この卒業式には、その人たちの思いを胸に、堂々と誇らしく臨みたいと心から思った。そして4月からは芸能コースのある私立高校に進学した。



 それからも、メンバーやスッタフは一丸となり目の前の階段を一段ずつ登った。決して息を切らさないペースで、立ち止まることなく登り続けた。その一段には、時に血の滲むような努力もあった。けれどメンバーもスタッフも、大半の時間をみんなでワイワイと過ごしていた。その階段をどれほど登り、その先もどれほど続くかなど、誰も気にしていなかった。今の自分が明日を決める、ただそれだけだった。そしてあの日ふと振り返った先に見えた景色を、メンバーたちは一生忘れることはない。



 結成から約4年半、彼らは眩しいスポットライトの中、目の前ではたくさんのペンライトが揺れ、それぞれの叫びが莫大な熱量となったその空間を支配していた。喜びを爆発させ興奮している者、感極まり涙する者、自身の身体を置き去りにしてただひたすらに彼らを見つめる者、それは初のドームツアーを迎えた初日、メンバーたちが新境地へと足を踏み入れた瞬間だった。


 そこには律子と清子ママ、そして哲夫もいた。清子ママはヘッドホンをしていた。これは大音量から耳を守るために稑が提案し、Small Gateが用意したものだった。それはBluetoothで音響と連動していて、適切な音量で会場の音を聴くことが出来る。これは清子ママにも是非会場に来てもらって直接自分のステージを観て、感動を肌で感じてほしいという稑の想いから生まれたアイデアだった。貸出用とグッズとして販売しているものとがあり、その反応はこちらの予想を遥かに上回るものだった。それは子どもから年輩の人たちという魂狼のファン層の厚さを物語っていた。


 ステージでは、彼らは思い思いに爆発した。新は感性に身を委ね、勇は緻密でブレや隙がない。あれほど激しく動いているのにいつ呼吸をしているのかも分からないくらいだった。2人とも熱いのに、感情的でホットな新と一見無機質でクールな勇はまるで対象的だった。しかしそれがお互いの良さをより鮮明に際立たせていた。そして2人が対象的であるからこそ、そこに蓮や優、そして稑がまたそれぞれのカラーでうまい具合に交わるのだ。章はこんなシンクロを、最初から予想できていたのだろうか。

 皆それぞれに歩んできたバックグラウンドがある。そしてそれが今に繋がってる。そしてそれが今ここで交わった。そんな奇跡を、メンバーたちも改めて噛みしめていた。そのステージは、今の5人でしか成し得ない圧巻のパフォーマンスの連続だった。



 しかし順調に進んできたライブだったが、終盤に迫ってきた頃、突然あるハプニングが勃発した。その首謀者は、リーダーである蓮だった。それはメンバーが1人ひとり順番にファンに向けてメッセージを伝えている時、一番最後だった蓮がやらかした。


「ミーーーー!!!!!」


 突然蓮はそう叫んだ。






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