002 出張演奏 1
章を最寄りの駅まで送った後、詩帆は同じ市内にある小学校へと向かっていた。そこへは今までも何度か訪問している。
演奏する会場は、小学校の体育館だった。そこには子供たちやその保護者、近所の人たちも集まっていた。ただ今までと違うのは、人と人との間には一定の間隔が保たれていて、暑い中みんなマスクをし、そこそこ人は集まっているのに、その広い体育館の中は静まり返り、巨大扇風機の騒音だけが響いていた。
詩帆が入場すると、拍手が湧いた。ピアノの前で深くお辞儀をし椅子に腰を掛けると、静寂は一層深まった。詩帆はひと呼吸置き、演奏を始めた。
詩帆は実家で母親と共にピアノ教室の先生をする傍ら、ボランティアで出張演奏の活動も行っていた。コロナによって、子供たちの音楽環境は大きく変わった。合唱が出来ない。リコーダーも管楽器も吹けない。中には打楽器など人の手を介する道具を用いる楽器も使用は控えられた。
(こんな時だからこそ、音楽が必要なのに…。)
そんな想いを、そして今ここでピアノが弾けることへの感謝を音に乗せ、詩帆は心を込めて演奏した。言葉はなくても、聴いてくれた人々の目や拍手から、その想いが繋がったことが伝わってくる。この瞬間を味わうたびに、詩帆には思い出す人がいた。
(今日も無事、お届けすることが出来ました。)
詩帆は心の中でそう報告をした。
その後駆け足で空港へと向かい、予定の飛行機に乗り込んだ。疲労に満ちた身体がずっしりとシートに沈み込む。いつもならこのまま離陸前にはもう爆睡をしているところだが、今日の詩帆は違った。ずっと気になっていた封筒の中身に目を通すため、ひと息つく間もなく中からホチキスで止められた書類を取り出した。すると詩帆は、その一枚目に書かれた文字に目が止まった。
ー 才能を死なせない ー
(やっぱり…。)
詩帆はその言葉に釘付けとなり、しばらく動くことができなかった。
(やっぱり私たちは、あの日から同じ想いを胸にしていたんだ。)