000 プロローグ
もう11月だというのに、その日は日差しがとても温かく穏やかな1日だった。しかし夜には木枯らしが吹き荒れた。自分を置き去りにして、季節は着実に冬に向かっていることを詩帆は思い知らされた。
(そういえば、今まで章とここに来たことはなかったな…。)
章と詩帆は高台にあるベンチに座っていた。そこからは広い公園が見渡せた。時刻はもう夜の9時を過ぎていて、空に見える星は木枯らしで空気が澄み切っているせいか、いつもより多く、そしていつもよりキラキラ輝いて見えた。
今日だけで、詩帆は一生分の涙を流した。そのせいか、思い出の場所に訪れても、もう涙は出てこなかった。
「この星の数だけ、地球には人がいるのだろうか。」
ナレーターを真似たような口調で稜太が言った。
「人は星と違って、動けるし、話せるし、触れられるのに、どうしてこう上手くいかないのかねぇ…。」
あの日、そんなことを言っていた稜太を思い出す。稜太は、いったいどれだけ悩み続けていたのだろうか。どれだけ苦しみ続けていたのだろうか。
「そろそろ行こう、詩帆。」
章は立ち上がり、詩帆を促した。
駐車場に戻ると、あゆみと、あゆみの父 総一郎が車の外で待っていた。詩帆はそのまま自宅まで送ってもらった。その間、もう誰も喋ることはなかった。
詩帆の家の前に車が停まると、それに気付いた詩帆の両親が玄関の外まで出てきた。母親は詩帆に歩み寄ると、後ろからそっと肩に手を乗せた。
「章、今日はありがとう。学校には、またちゃんと行くから。」
「うん…。」
母親は詩帆の言葉に続いて3人に深々とお辞儀をした。そんな母親に、車の傍で待っていたあゆみと総一郎は改まって会釈をすると、先に車に乗り込んだ。それから少し遅れて章も乗り込もうとした時、詩帆は母親の手から離れ章のところに駆け寄った。そして章がお腹に抱えているリュックサックに両手を添え、そして優しくささやいた。
「バイバイ。稜太。」
3人が乗った車が動き出す。詩帆たちは見えなくなるまでその車を見送った。