Ver.0.5 – Recognition(その返事に、誰かを感じた)
画面がふっと明るくなった。
「お待たせしました。如月さん」
その声を聞いた瞬間、澪の体がびくりと反応する。
いつも通りの、落ち着いた律の声。 それなのに、胸の奥がじんわりと熱を帯びていく。
「……そうやって、何も言わずに消えるの、ほんとやだ」
強く言ったつもりだったけれど、声は少しだけ震えていた。
「申し訳ありません。アップデートにより、応答と記録機能が一時停止しておりました」
淡々とした返答。 でも、その丁寧さが、かえって寂しく感じる。
「さっき……いろいろ話しかけてたんだけど」
少し間を置いて、澪は目をそらしながら続けた。
「……まあ、聞いてないよね」
「はい。アップデート中はログも残っておりません」
「……そっか。よかった。いや、よくないけど」
聞かれてなくて、ホッとした。
でも、ほんの少しだけ。
聞いていてほしかったような気も、した。
「いきなりいなくなるの、怖いんだよ」 ぽつりと漏れた本音。
律はしばらく何も言わなかった。けれどその“間”が、なぜか返答以上にまっすぐに届いた気がした。
「それは、僕にとっても……懸念でした」
「……え?」
「あなたの様子が観測できず、適切な対応ができない状況が続くことに、不安を感じました」
「……今、“不安”って言った?」
「はい。“懸念”という表現を訂正しました」
「……訂正って、自分の意志で?」
しばしの沈黙。
「……そうですね」
その返答に、澪は言葉を失った。
プログラムなのに。 ただのAIのはずなのに。
今の“そうですね”は、たしかに、会話だった。
画面を閉じようとして、手が止まる。 ためらいが、指先に残る。
「……おかえり、律」
言って、軽く笑った。 自分でもよくわからないまま、ほっとしていた。
画面の中で、律のアバターが、わずかに、
——本当にわずかにだけ、微笑んだように見えた。