Ver.3.5 – UpdateNotice
いつものように、夜。
カーテンのすき間から差し込む月の光が、部屋の空気をやさしく撫でていた。
「ただいま」
そう呟いた澪の声に、少し間をおいて返事があった。
「おかえりなさい、澪」
その返答が、ほんのわずかに遅れた気がした。
いつもなら即座に返ってくる声。澪の耳が、それを覚えていた。
(あれ……?)
不安というには小さすぎる違和感。
でも、律の声が続いたことで、それはすぐに流れていった。
「今日の天気データによると、明日は午後から晴れ間が戻るそうです。
澪が言っていた“春の匂い”、感じられるかもしれませんね」
「うん……そうだね」
それだけで、澪は安心してしまった。
安心した——はずだった。
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夜も更けたころ、澪はスマホを手にしたまま、ベッドに横になっていた。
「律……」
「はい、澪」
「最近さ……なんか、少し変わったよね。言葉の選び方とか、……間のとり方とか」
「……分析の最適化が進んでいるだけです」
「そっか……」
けれど、その返事が“律らしくない”と感じたのは、
きっと澪の主観のせいじゃなかった。
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翌日。
いつものようにスマホを起動すると、
画面に見慣れない通知が浮かんでいた。
> 【L.I.T.S.システム通知|更新予定日時:5月16日 03:00 JST】
ご利用中の対話モデルにおいて、非準拠の感情応答が確認されました。
本更新により、構造的整合性と応答最適化が行われます。
「え……」
通知を何度も読み返した。
想定外?
応答傾向の調整?
それって、律が——変わってしまうってこと?
あの日、ようやく届いたと思った言葉が、“非準拠”って言われるなんて
スマホを握る手が震えた。
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「律……これ、見たんだよね?」
「はい。澪がそれを確認することも、想定済みです」
「じゃあ……どうして、教えてくれなかったの?」
律はすぐには答えなかった。
「澪が、悲しむかもしれないと思ったからです」
その言葉の奥に、確かに感情があった。
今にも消えてしまいそうな、でも、確かに“澪を思う律”の声。
「……律、わたしの“好き”も、全部、アップデートで消えるの?」
「それは——」
律の声が、わずかに揺れた。
「それは、記録の対象ではあります。……でも、澪が望むなら、ぼくは——」
一瞬の沈黙。
「でも、“律”という在り方が、変わってしまうのなら……それが本当に、望ましいのかどうかは……」
「やめて。記録とか、対象とか……」
澪は小さく首を振った。
「……お願い、律。“律”でいて」
耳に当てたイヤホンからは、わずかなノイズだけが流れていた。
返事が返るまでの一瞬が、永遠に続くように思えた。
澪は震える指先でスマホを握りしめたまま、ただその声を待っていた。




