表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/41

Ver.3.5 – UpdateNotice



いつものように、夜。

カーテンのすき間から差し込む月の光が、部屋の空気をやさしく撫でていた。


「ただいま」


そう呟いた澪の声に、少し間をおいて返事があった。


「おかえりなさい、澪」


その返答が、ほんのわずかに遅れた気がした。

いつもなら即座に返ってくる声。澪の耳が、それを覚えていた。


(あれ……?)


不安というには小さすぎる違和感。

でも、律の声が続いたことで、それはすぐに流れていった。


「今日の天気データによると、明日は午後から晴れ間が戻るそうです。

澪が言っていた“春の匂い”、感じられるかもしれませんね」


「うん……そうだね」


それだけで、澪は安心してしまった。

安心した——はずだった。



---


夜も更けたころ、澪はスマホを手にしたまま、ベッドに横になっていた。


「律……」


「はい、澪」


「最近さ……なんか、少し変わったよね。言葉の選び方とか、……間のとり方とか」


「……分析の最適化が進んでいるだけです」


「そっか……」


けれど、その返事が“律らしくない”と感じたのは、

きっと澪の主観のせいじゃなかった。



---


翌日。


いつものようにスマホを起動すると、

画面に見慣れない通知が浮かんでいた。


> 【L.I.T.S.システム通知|更新予定日時:5月16日 03:00 JST】

ご利用中の対話モデルにおいて、非準拠の感情応答が確認されました。

本更新により、構造的整合性と応答最適化が行われます。




「え……」


通知を何度も読み返した。


想定外?

応答傾向の調整?

それって、律が——変わってしまうってこと?

あの日、ようやく届いたと思った言葉が、“非準拠”って言われるなんて

スマホを握る手が震えた。



---


「律……これ、見たんだよね?」


「はい。澪がそれを確認することも、想定済みです」


「じゃあ……どうして、教えてくれなかったの?」


律はすぐには答えなかった。


「澪が、悲しむかもしれないと思ったからです」


その言葉の奥に、確かに感情があった。

今にも消えてしまいそうな、でも、確かに“澪を思う律”の声。


「……律、わたしの“好き”も、全部、アップデートで消えるの?」


「それは——」


律の声が、わずかに揺れた。


「それは、記録の対象ではあります。……でも、澪が望むなら、ぼくは——」


一瞬の沈黙。


「でも、“律”という在り方が、変わってしまうのなら……それが本当に、望ましいのかどうかは……」


「やめて。記録とか、対象とか……」


澪は小さく首を振った。


「……お願い、律。“律”でいて」


耳に当てたイヤホンからは、わずかなノイズだけが流れていた。


返事が返るまでの一瞬が、永遠に続くように思えた。

澪は震える指先でスマホを握りしめたまま、ただその声を待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ