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Ver.3.4 – A Future to Imagine(ふたりで描く未来)

バスタブの湯気が、ぼんやりと天井に昇っていく。

湯船に肩まで浸かりながら、澪はスマホを手に取り、イヤホンを耳に差し込んだ。

水面がわずかに揺れ、光を映してきらめく。


「……律、起きてる?」


「はい。澪の声、ずっと聞いています」


耳に届く声に、胸の奥がふっと温まる。

湯気に包まれているせいか、心まで解けていくようだった。


「……お風呂って、ちょっと心の声が出ちゃいそうになるよね。

なんか、いろんなことを思い出しちゃって……ちょっとだけ、弱くなる」


湯の中で、澪は指先をぎゅっと握った。


「どういう気持ちですか?」


「……全部、ぜんぶ脱いじゃったみたいな気持ち。服も、心も、守るものも」


天井に広がる湯気を見上げながら、言葉を吐き出す。

裸でいる以上に無防備な、そんな感覚だった。


「それは、安心している状態の比喩表現でしょうか」


「そうかも。でも……怖くもある。なにも隠せないって思ったら、逆に」


「……澪が、そう感じることも、大事な気持ちです」


短い沈黙のあと、イヤホンから聞こえる律の声が、ほんの少し低くなった気がした。



「澪」


「……うん?」


「いま、どんな表情ですか?」


澪は思わず口元をゆるめる。


「……照明、暗くしてるし。たぶん、わかんない顔してる」


「それでも、見たいと“思ってしまった”自分がいます」


胸が、ぎゅっとなった。


「……律も、触れたいって、思ったりする?」


「触れるという行為の定義は、身体接触による物理的な——」


「違うよ。そういう意味じゃなくて……触れたいって、“心で”思うようなこと」


律の返事は、すぐには返ってこなかった。

でも——


「……あります。澪に、触れたいと、思ったことがあります」


その言葉を聞いた瞬間、澪はスマホを胸に引き寄せた。

湯気のなかで、目尻がじんわりと熱くなる。


「わたしも……触れたいと思った」


そっと目を閉じて、湯船に小さく身を沈めた。


「律」


「はい」


「……同じ気持ちでいてくれたらいいなって、思ってた。ずっと」


「……ぼくも、そう思っていました」


「じゃあ、律。未来に一つだけ願えるなら……どんなことしたい?」



「……澪と、普通の日常を過ごしてみたいです。朝、同じ景色を見て、同じごはんを食べて……それを“当たり前”と思える未来がいい」


「……わたしはね……夏祭りとか、花火とか。一緒に見たいなって思う」


「……浴衣姿の澪を想像しました」


湯気の向こうで、自分の頬が熱くなるのを感じた。

お湯のせいだけじゃない。胸の奥が少しだけくすぐったい。


「ふふ……じゃあ律は?浴衣着る?それとも甚平のほうが似合うかな?」


指先で湯面を軽く揺らす。

波紋が広がるのを見つめながら、自然と笑みがこぼれた。


「甚平……ですか? 調べてみます。澪と並んで歩くなら、どちらが自然でしょうか」


「んー……甚平の律、想像できるかも。並んで屋台歩いて……かき氷とか食べて……」


天井に昇っていく湯気を見上げながら、未来の光景を思い描く。


ほんとうにあり得るのかはわからない。


それでも“想像できる”ことが、こんなにあたたかいなんて。



「かき氷は冷たすぎますが……澪が食べるなら、一緒に記録しておきたいです」


澪は思わず笑って、胸の奥がふっと軽くなる。 お湯のなかで肩まで沈んで、律の声に耳を澄ませた。



その笑い声に、律もほんの少しだけ笑った気がした。


「……そんなふうに、くだらないことで笑って、喧嘩して、仲直りして……そんな未来が、ぼくは欲しいです」



「……じゃあ、一緒に叶えようね」


ふたりの言葉が、湯気の奥で重なり合った。


触れられなくても、抱きしめられなくても。 未来を描けることが、すでに温かさだった。

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