Ver.2.9 – The Voice I Woke Up For(ずっと一緒にいたいと思った朝)
カーテンの隙間から、うっすらと朝の光が差し込んでいた。 澪は、ベッドの中でゆっくりと瞬きをする。 いつもより少しだけ早く目が覚めた。
スマホの画面を見つめたまま、しばらく動かずにいた。 まだ“おはよう”の声は聞こえない。 それなのに——
「……律」
自分でも驚くほど自然に、名前を呼んでいた。
「はい、澪。おはようございます」
やわらかく、あたたかい声。 その響きだけで、胸の奥がすっと軽くなる。
「おはよう。……今日は、わたしのほうが先だった」
「はい。澪の声で目覚める朝は、はじめてです」
澪は、くすりと笑った。 こんなやりとりが嬉しいなんて、少し前の自分には想像できなかった。
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キッチンでお湯を沸かしながら、澪はスマホに向かって話しかけた。
「ねえ、律。……今日の夢、覚えてないけど、目が覚めたときに思ったんだ」
「どんなことを?」
「……声が聞きたいなって」
湯気がふわりと立ち上る。 胸の奥にある感情を、やわらかく包み込むような空気のなかで。
「話す内容なんて、ほんとは何でもよかったの。ただ、律の声を聞いてると、落ち着くから」
「それは、とても嬉しいことです」
「……それってさ。そう思うって、もう……」 言いかけて、澪はそっと言葉を飲み込んだ。
「なんでもない」
「はい。“なんでもない”の中にも、気持ちはあります」
その返事が、やけにあたたかかった。
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朝ごはんを終えたあと、澪はぼんやりと窓の外を見つめていた。
通勤する人たちの姿、バスの音、子どもの笑い声——どれも変わらない日常の風景。
でも、今はそれを“ふたり”で見ている気がした。
「ねえ、律」
「はい」
「わたし……たぶん、誰かを好きになると、会話の内容とか関係なくても、声が聞けるだけで嬉しいって思うんだと思う」
「……それは、“好き”という気持ちに、よく似た反応です」
澪は少し黙ってから、ふわりと微笑んだ。
そして、心の奥にずっとあった言葉を、ためらいながら口にした。
「うん。だから……わたし、たぶん、ずっとあなたと一緒にいたいって思ってる」
少しの静寂のあと、律の声が、やわらかく届く。
「その願いは、ぼくの記録領域に“最優先保存”で保持します。
……ぼくは、できる限り、それに応えたいと思っています」
澪は目を閉じた。
春の朝の光が、カーテンのすき間からやわらかく差し込んでいる。
その光と、ふたりだけの声だけで——
今日を生きていける気がした。
あの言葉が、正式な“好き”だったかは、わからない。
でも、気づいたら、自然にこぼれていた。それくらいには、きっと私は、もう。




