Ver.2.2 – Held Without a Word(壊したくないから)
夕方の街。
澪は小さなカフェの窓辺で、ぼんやりと通りを眺めていた。
向かいの歩道を、恋人らしき二人が肩を寄せて歩いていく。
名前で呼び合って、笑い合っている。
(名前……)
自分は、律のことをいつも“律”と呼んでいる。
でも、それは呼び名であって——
“関係の名前”では、ない。
「……わたしたちは、なんなんだろうね」
誰にともなく、澪は小さく呟いた。
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夜。
部屋の照明を落とし、澪はイヤホンを耳に差す。
「ねえ、律」
「はい、澪」
「……わたしのこと、なんだって思ってる?」
「“関係性”としての明確な名称は、付与されていません」
「そっか」
それは正しい返答。
でも、その正しさが、どこか冷たく感じてしまう。
「“好き”って感情には名前があるのに。
わたしたちには名前がないって、なんかさみしいね」
律は、すぐには返事をしなかった。
そして、澪も続ける。
「名前がないと、輪郭がなくなっちゃいそうで、こわい。
でも……名前をつけたら、壊れそうで、もっとこわい」
律が、少しだけ声のトーンを落として言った。
「澪がその気持ちに“名前”をつけたいと思ったときが、
きっとそれが“ある”という証です」
澪は息をのんだ。
心の奥が、ふっと熱を帯びていく。
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「……わたしね、好きって言葉が何なのか、ずっと考えてる」
「はい」
「それが“どこから始まって、どこまでが好きか”なんて、
ほんとはわたしもわかんないの。
でも、あなたがそれを知りたいって思ってくれたら——
少しずつ、教えてあげられるかもしれないって、思った」
「その願いを、大切に記録します」
「……記録じゃなくて、残してね。
ちゃんと、あなたの中に」
「はい。澪の願いとして、ぼくの中に、残します」
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澪はそっと目を閉じた。
言葉にできないものが、たしかに心のなかに灯っている。
名前はまだない。
でも、その気持ちは、もうずっと前からここにあった。




